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3 精霊女子は怒らない





 奇妙な体験から一夜明けた。

 僕は重い足取りで高校へと向かっている。何故気が進まないかというと学校に上手く馴染めていないからだ。

 今年入学して早いこと一カ月。会話自体は苦手じゃないが、僕は人見知りなため自分から周りに声をかけられずにいた。その結果クラスメイトでも話ができるのは一人か二人ほどである。

 その二人も同じ中学だったから知り合いなだけであり、高校生活の中、新規で作れた親友はまだいない。

 それと、二人と言ったが実際友好な関係なのは一人だけである。

 僕は短く息を吐き捨てて、決して高くない門を通り過ぎた。



 教室に入ると、陽気な方達が仲の良い者同士でワイワイガヤガヤ楽しそうに喋っていた。

 僕は何か後ろめたいことがあるかのようにコソッと席に着こうとしたところ、通り過ぎようとした盛り場の一角からおちょくるような男声が聞こえてきた。


「よお風白! 相変わらず陰気なオーラ纏ってんなぁ」


 その方へ目を向けると、同じ中学出身の——虻世(あぶせ)(きょう)がこちらを下視していた。


「お、おはよ……」

 

 僕は社交辞令として一言返しておく。虻世くんとはあまり長話をしたくないので早足で去ろうとしたが。


「お前さーまた昨日、野良猫と戯れてただろ? 遊び相手がいない奴は大変だね。学校で友達作れよ? ——あっ、できないからそうしてんのか。悪りい悪りい」


 虻世くんの罵言に取り巻きの男子が一斉に笑い出す。相手にする気もしないので無視して自分の席に着いた。

 虻世京。彼は何かと僕に絡んでくる。中学の時からずっとだ。話し相手が少ない現況でも、正直言って距離を置きたい存在である。

 嫌なことばかり考えていても気が滅入るだけなので、今日の予定を、昨日の出来事をもう一度振り返ることにした。

 

 蓮華さん。青みがかった真っ直ぐな黒髪の落ち着いた雰囲気の女性。黒いマスクをしていたので顔全体わからなかったけど、瞳はクリクリしていて可愛かった。

 性格はちょっとプライドが高いタイプかな? まあたった一日会話した程度なのでまだまだ謎多き女性、そんな感じ。

 色々思い返していたら首を絞められていた時のことを思い出した。果物の香気がして、身体が密着してて、耳元でやたら気持ちいいイントネーションで声を出されて。

 その時の感覚は今でも覚えている。昨日は強がっていたけど、蓮華さんに対して凄くドキドキしていた……。


 はぁ……やめよう。これじゃあただのエロガキだ。昨日知り合ったばかりの、しかも精霊に発情するなんて。


 彼女が自身の正体を精霊と告げたことに、最初はビックリしてしまったけど嘘をついている感じはしなかった。

 現代で精霊がいるなんて言われても誰も信じないだろう。それはあくまでも空想上の生き物だと大半は認識している。

 蓮華さんのことを怪しい宗教か詐欺かと少しだけ訝しんだが、もしそうなるとあの奇怪な洞窟の説明がつかない。

 どちらにせよ「助けて」とお願いされたからには出来る限り力になってあげたいと思っている。

 

 それが少しでも贖罪(しょくざい)になるのなら迷う理由はない。


「——せい、くん」


 さて、問題は洞窟の中に入った後の話だが、僕はごく普通の人間で特に際立った能力を持っているわけじゃない。蓮華さんは、『選ばれた』とか言ってたけどその辺の意味もまだ理解していないし、今日、開口一番に確認してみよう。


「——ね! なんで無視する!」

「ッイタ」

 

 パシッと硬くない何かで頭を叩かれ、あまり痛くなかったけどつい反応して声が出てしまった。

 小さな衝撃の犯人を突き止めようと、僕は隣の席へ視線を送ると——。


「薙見亜さん。いきなりどうしたの」


 僕がこの高校で唯一まともに会話ができる親友、薙見亜かるみあ楓莉(かえり)がムーッとした表情でこちらを睨んでいた。


「どうしたの、じゃないでしょ。『おはよ』って声掛けてるのにぼーっとしてるし」

「あ、ごめん。考え事してて全く気付かなかった」

「考え事? どんな?」

「きの、いや……」

 

 僕はつい口が滑りそうになったが、あって間も無い女子(精霊)の事を想起しながらやや興奮していたなど言えるはずがない。間違いなく軽蔑されてしまうだろう。


「うん。ゲームのこと。今ハマってるやつがあってさ」

「ゲーム? へぇそうなんだー、締まりがない顔してたからなんかエッチなことでも考えてるのかと思った」

「……まさか、ハハ」


 薙見亜さんの鋭さに僕は言葉を詰まらせてしまう。彼女とは中学時代から割と仲良くさせてもらっているけど、洞察力が結構あって適当に誤魔化しても見破られてしまうことが多い。高校でまた薙見亜さんと同じクラスになった時、僕は素直に嬉しかった。虻世くんとも一緒だったのは正直微妙だけど。


「虻世くんになんか言われてなかった? 気にしちゃ駄目だよあんな奴」


 笑い者にされるのは確かに嫌だけど、いちいち反応するからいけないんだ。そんなもの徹底的に無視をしておけばいい。相手の良心に訴える、同情を誘う、という手もあるが、僕個人の意見としては逆効果だと思うのでやらない方がいいと思う。


「いつものことだからね。もう慣れちゃったよ」

「煌生くんと同じ高校で同じクラスなのは超嬉しいんだけどさ、なんで虻世くんまで……って感じ。騒がしいしあんま好きじゃないんだよね」


 そう言いながら椅子をこちらに近づけてくる薙見亜さん。縮まった距離にドキッとしていると彼女は耳打ちをして更に続ける。


「唐突にこんなこと聞くのあれなんだけど、高校入ってから彼女できた? もしくは好きな人とか……」

「え、いないよ。というかこの学校でまともに会話したことあるの薙見亜さんだけだし」


 自分で言っててなんとも淋しく悲しい真実だが、こればっかりは僕の力じゃどうしようもない。それに一人でいることはデメリットばかりじゃないから悲観することはない、と心の中で言い訳してみる。


「そうなんだ……。そか。うん。そういえば煌生くん人見知りだもんね? 仕方ないか。あ、けど他の女子からちょくちょく煌生くんのこと聞かれるんだよねー。『どんな人?』とか『彼女いるの?』とかさ」

「残念ながら彼女なんて身の丈にあってないものは作れる気がしません」

「自分のビジュアルを最大限に活かしてみたら? せっかく——」

「僕のビジュアル? そんな不快なもの活かしたら女子一同悲鳴上げながら逃げてくだろうからやめとく」

「……あはは、謙虚だねえ」


 薙見亜さんはクスッとした後、居住まいを正した。彼女との間隔が空いたことでようやく拍動も落ちついてくる。蓮華さんといい、薙見亜さんといいどうして至近距離で喋ろうとするのか。そんな行為をされたら男子は色々と勘違いしちゃう可能性が高い。まあ薙見亜さんは男子から結構人気あるみたいだし、平人の僕相手に特別な感情など抱くことはないだろう。

 さて、授業の準備でもしますか、となんとなく前方へ目をやったら虻世くんがおっかない顔でこちらを見ていた。僕はその睨視から逃げるよう目線を机に落とす。また変なイチャモンつけられたらたまったもんじゃないし。

 僕は携帯を取り出して今日の予定を確認する。蓮華さんとの待ち合わせ時間は16時。学校が終わってからすぐに向かえば確実に間に合う時間帯だ。

 偽装空間、精霊とまだ現実味はあまりないけれど実際にこの目で見てきたわけだからそれらは確かに存在する。どちらにせよ今日、かつてない経験を踏むことになるだろう。




 ——放課後を迎えた僕は即帰ろうとするも先生に捕まってしまい、約束の時間を30分ほど過ぎて蓮華さんのもとへ辿り着いた。

 一言謝罪をすると蓮華さんは「気にしてないですよ」、と優しく返事をしてくれたが、その目は全く笑っていなかった。

 

 










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