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16 放課後の美術室





 長い長い授業という退屈な時間をようやく終える。薙見亜さんは急ぎの用があるらしく、じゃあまた後でと耳打ちだけして今しがた帰路に着いた。教室に残ってもやることはない為、僕もさっさと帰ることにする。


 立ち上がり出口へ歩を進めようとしたところ、虻世(あぶせ)くんに槍声で呼び止められた。


「おい風白。昼休み楓莉とどこに行ってたんだよ」

「どこって……食堂にしか行ってないけど」


 お昼食べてたらたまたま薙見亜さんと会って、教室まで一緒に戻って来たって流れを僕は簡単に説明する。

 それを聞いた虻世くんは目尻を険しく吊り上げて距離を詰めてきた。


「お前、何調子乗ってんだよ」

「なんのこと……?」

「とぼけんじゃねぇ! いつもいつも楓莉と——」


「虻世くんじゃあねー」

「おう。じゃあな」


 虻世くんの怒声は女子グループによって一旦遮られた。

 こんなおっかない雰囲気を醸し出している虻世くんだけど、女子には結構人気がある。少し長めの茶髪。首元から顔を出しているシルバーネックレス。僕とは違ってノリのいい性格でしかもイケメン。一言でいうと、チャラい——華やかな男子である。


「とにかくこれ以上楓莉とイチャイチャすんなよ。もし二人きりでまた楽しそうにしてたら……覚悟はできてんだろうな?」

「……わ、わかったよ。約束する」

「おう。わかりゃあいいんだよ。楓莉は俺が狙ってんだ。お前如きが手を出していい女じゃねえ」


 そう捨て台詞を吐いて虻世くんは、待機していた取り巻きの男子たちを連れて教室を出ていった。

 とりあえずこの場を丸く収めるには最善の選択をしたと思う。虻世くんとの約束と薙見亜さんとの確約、どっちを守るべきかと問われたら紛うことなく後者である。

 言われた通りにしなかった僕に対して虻世くんが、どんな制裁をしてくるかはわからない。

 だけど親友の薙見亜さんを傷付けるような真似をするぐらいなら、まだ数発殴られた方がマシだ。

 というより僕だって言われるがまま要求を受け入れたりはしない。


 

 さてと、僕も提出物を先生に渡して帰るとしよう。

 窓から外を見るとオレンジ色の夕焼け雲が鮮明で、少しの間目を奪われてしまった。

 その優麗さになんとなく切ない気持ちになってしまう。

 いつ見ても残映というのは美しいものだ。夜景や暁の空なんかも好きだけど。


 ——職員室に着いた僕は担任の先生に提出物を渡して去ろうとしたところ、突然の待ったがかかる。

 なんとこの先生、美術室にある自身の忘れ物を僕に取ってきてほしいと仰られた。

 すまない、と言っているがまだ承諾をした覚えはない。

 だけど断ることはできない僕。だって大人の女性って同世代の子たちよりももっと怖いですし。

 まあ大した要件じゃないので波風立てないように従順な態度を示しておこう。


 

 先生の命令で僕は今、3階の廊下を歩いている。ここは2年の教室が並ぶエリア。一つ上の方々が普段使用しているテリトリーを歩くのはやはり緊張する。

 救いなのは下校時間からそれなりの時間が経っていたので生徒の数がかなり少ないというところ。


 美術室は確か一番奥……というかまだ外は明るいのに目的地に近づく程薄暗くなっていく。

 物静かで寂しくて、不気味な雰囲気を醸し出している空間だが、僕はこういう閑散とした場所は嫌いじゃない。


 そんな意味のないこと考えていたら美術室入り口前に着いた。先生からあらかじめ預かっていた鍵をポケットから取り出す。ドアを開けようとしたところ、何故かロックはされていなかった。

 戸締まりするのを忘れていたのだろう。全く、おっちょこちょいな先生だ。そう思いながら忘れ物を探す。


 ——目的を達し、先生のもとに戻ろうとしたが隣の部屋、教材室から人音が聞こえてきた。

 もしかして鍵を閉め忘れたわけじゃなくて既に誰かいたのか。戸締まりの関係もある為、一応教材室の中を確認しようとした——。


「わっ!」

「キャッ!」


 僕が邪魔な場所に立っていた為、中から出てきた人とぶつかってしまった。


「イタタ……」

「すいません。怪我はないですか?」

「あ、ハイ。大丈夫です。私の方こそ、前見てなくてすいませ——って、なんで舐め男?」


 ……このよく通る女声には聞き覚えがある。それと不名誉な呼び名も。

 僕は転倒させてしまった人の容貌をよく確認してみた。

 黒髪のショートカット。長めのサイドバンク。活発そうな雰囲気の女子。薙見亜さんの親友、紫苑さんだ。


「えと、ほんとに怪我とかしてない?」

「え、あー平気平気。私、運動神経いい方だからさ。それよりも舐め男はなんで美術室に?」

「あの……」

「あ、ごめんごめん。なんか面白かったからついこの名前で呼んじゃうんだ」


 ニコニコと楽しそうにしながら喋る紫苑さん。一体いつになったらこの忌々しい呼称から解放されるのだろうか。


「そんな拗ねないでよ。これからはちゃんと風白くんって呼ぶからさ。でもさ、実際のとこあの子は何? 風白くんの彼女?」


 なんていうか口数の多い子だな。目線を逸らさずこちらの返答を待っている様子は直情的で、ちゃんと答えてあげなきゃ、という気持ちにさせられてしまう。


「違うよ。ちょっとした知り合い」

「へえーそうなんだ。でも駄目だよ浮気は。楓莉が悲しむからね」

「え、なんで薙見亜さんが?」

「ちょっ、鈍感すぎ。——まあいいや。それにしても変わった装いの子だったね。最初見た時『おお、マジか』って思っちゃった」



 朝の会話。妙な違和感があったものの展開が慌ただしくて深く気にすることがなかった。

 だけど今、紫苑さんが再び口にしたことで浮き彫りになる。


「変わった装い?」

「うん。美萌奈は何それ?とか言ってたけど、あれコスプレだよね」

「どんな感じだったっけ?」

「えー、一緒に居たんでしょ? 両手両脚にこう、なんていうんだろ、ガチャガチャしたのつけてたじゃん」


 こちらから何一つ手掛かりを与えていないのに、蓮華さんが装着していたものをちゃんと言い当てる紫苑さん。

 ——この子は間違いなく、精霊魔法が見えている。蓮華さんの言っていた『選ばれた者』という存在だ。



「あ、と、えーと、名前、なんだっけ?」

「名前? ……あ、私の? 紫苑。南條(なんじょう)紫苑だよ。あれ、言ってなかったっけ?」


 紫苑という名前なのは知っていたけど、知り合って間もない女子に対して、いきなり下の名前で呼ぶのは抵抗がある。

 南條さんか。しっかりと覚えておこう。


「でー、話が脱線しちゃってたけど風白くんさ、なんで美術室に来たの?」

「先生の忘れ物を取りに来ただけだよ」

「え、駄目だよちゃんと断られないと。『自分で行きなさい』って言い返しちゃ——あー、まあ無理だね風白くんじゃ。そういうの言えなさそう」


 南條さんの仰る通り、反論しようとする意思はあるものの大体いつも相手のペースに僕は流されてしまう。

 はあ……どんな人に対しても思ってることをはっきり言えるようになりたい。

 その点、目の前にいる南條さんや、薙見亜さんなんかもそういうの得意そう。


「ん? 何?」

「あ、いや、南條さん普通に話してくれるからさ。軽蔑されてると思ってたし」

「最初は軽蔑してたけど、風白くん見てると女子を舐めるとかあんまイメージ湧かないんだよね。だから美萌奈とも流石にないよねー、って話してたし」


 よかったぁ……誤解が解けて。


「まあ、楓莉の親友がそんなことするわけないしね」


 もし薙見亜さんの親友じゃなかったら今だに誤解されたままだっだろうなぁ。その人望に改めて感謝したい。

 


 

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