15 煌生の昼休み
退屈な授業の時間はここで一旦休憩。お昼の時間を迎えた僕は空腹を満たす為、一人食堂へと向かった。
結局、薙見亜さんとは朝以降、一度も会話をしないまま今を迎えている。
普段は彼女の方から話しかけてくるパターンが多く、僕はそれに応じるといった感じで談笑をするのだが、授業中も休み時間も隣の席から声が掛かることはなかった。
そんな薙見亜さんの反応を見て、嘘をついたことを僕は酷く後悔する。
友人を欺くといった行為は信頼関係に亀裂を入れる非常に許されない行いだ。後で、もう一度謝っておこう。
廊下をしばらく歩くと食堂が見えてくる。周囲はグループだらけ。そんな中一人で来ている人を見つけると僕だけじゃないんだ、とホッとしてしまう。
さて、今日は何を食べようか……。
僕が通う東高校の食堂はメニューが豊富だ。万人受けしそうなラーメン、カレー、丼ものはもちろんのこと、魚定食、チキンカツ、ハンバーグなどもあってほぼ毎日来ているが飽きが来ない。
今日は魚定食を食べることにした。正確には今日もだけど。
そして僕は定位置である一番隅のテーブル席へ腰を掛けた。
半分くらい食べたところで何となく周囲を見渡してみる。友達同士で来ている生徒の方が多いと思ったけど男子に限っては一人で食べている人も割といた。逆に女子は大半がグループといった感じ。
まあそこまで関心があったわけではないが、そうやって周りをキョロキョロしていたら、聞き覚えのある陽気な声が耳に届いた。
「あ、紫苑! ここ開いてるよ」
「本当だ。ちょうど二人分——って、え……」
「ゲッ」
恐らく女子二人組といったところか。混雑している中で席を見つけた為最初、安堵を示すような内容の会話をしていたが、何か不穏なものでも目に入ったのか途中で語調が急激に悪くなった。
「なんで、舐め男が……」
間違いなく聞き覚えがある音声と妖怪の名称に僕は箸を止め、嫌な空気を放っているその女子たちの方へ視線を向けた。
「あ……」
「どうする紫苑、どっか別の席に移動する?」
「うーん……他空いてないし此処で我慢しとこ」
想像通り、目の前にいたのは薙見亜さんの友達——美萌奈さんと紫苑さんだった。二人は苦虫を噛み潰したような顔でトレーをテーブルに置いて椅子に座る。
僕と女子二人は対面して座るような形になり、なんとも気まずい気分。さっさとこの場から去りたいところだがまだ半分しか食べてないし、残すなんて鯖に対して申し訳ない。
ちびちびと背中を丸めながら食べていると、ガタッと椅子を引く音が聞こえてきた。
僕は少しだけビクッとしながらその音の方へ目をやる。
どうやら女子二人が食事を終えたようで、こちらを一瞥した後、せかせかと去っていった。
うーむ……単に僕の食べる速度が遅いだけかもしれないけど、そんな逃げるようにしていなくなられるとショックである。
なんて感傷に浸っていたら眼前のテーブルに何かが置いてあることに僕は気付く。
なんだろうとよく見てみると、それは色鮮やかな赤色のブレスレットだった。
天然石の知識はほとんどない為、この石の名称はわからない。だけど、透明度があって滑らかでとても綺麗だなというのが率直な感想だ。
あの二人のうちどちらかが忘れていったのだろう。届けてあげたいけど、僕が触ったなんて知ったら凄い嫌がるだろうし、でも結構高そうだし……どうしようと思い悩んでいたら背後から救いの声がかかった。
「煌生くんどうしたの? 体調でも悪いの?」
天使——薙見亜さんは僕の様子を見て具合が悪いとでも思ったのだろう、心配して声をかけてくれた。
僕は薙見亜さんにことの経緯を慌てて説明する。それを聞いた彼女は早足で女子二人のもとへ行き、ブレスレットを渡して帰ってきた。
「紫苑のだった。ありがとって言ってたよ」
まあその感謝は薙見亜さんに対して言ったのだろうけど。
ただ無事に持ち主へ届けられてよかった。結構高そうだったし、あのまま放置して誰かが持ってったりしたら後々厄介なことになっていただろうから。
ホッと胸を撫で下ろしていると、薙見亜さんは僕の真正面に腰を下ろした。
「ありがとう薙見亜さん。あの二人、僕のこと嫌ってるっぽいから渡しにいけなくて」
「嫌ってる? そうかなぁ……。煌生くんさ、僻心とまでは言わないけどちょっと気にしすぎじゃない? 少なくとも紫苑は——」
「いや、大丈夫。避けられるのは慣れてるから」
ふと中学時代を思い出す。廊下を歩いていたらすれ違った女子たちがキャッと悲鳴を上げながら、僕から距離をとったことを。
その内の一人が何かを言いたそうにしていて、恐らく罵声でも浴びせたかったのだろう。
初めて見る子で怒らせた覚えはないけど顔真っ赤っかだったし間違いはない。
その後は非難、中傷を恐れて忍びのように僕は逃げてたな。
そんな経験何回してきたことか。
「それよりもさ……朝の事、本当にごめんね」
「朝の事? 改まって謝られる覚えはないけど」
「え、だってまだ怒ってるんでしょ? お昼までずっと黙ってたし……」
休み時間、僕の方からも声をかけようとチャレンジしてみたものの、難しい顔して機嫌悪そうだったからヘタレやめしていた。
恐る恐る僕は、薙見亜さんの顔色をうかがってみる。
じゃあなんで授業中不機嫌そうだったの?なんて聞く勇気、今でも湧いきてないから。
僕の確認に対して薙見亜さんは頬杖をついたまま少しの間固まっていた。
……まずい、何か地雷を踏んでしまったか。叱声が飛んでくるかもしれない。衝撃に備えて心の準備をしておこう。
しかしそんな心配をよそに彼女は、フッと吹き出して口角を上げた。
「ふふ、何それ? そんな心配してたの? だから隣でずーっとビクビクしてたのか。煌生くん可愛いねー」
可愛いかどうかはさておき、臆病風に吹かれていたのは確かだ。下手したらタオゼントと戦った時よりも怯えていたかもしれない。蓮華さんもそうだけど女子みんな怒らせると怖いしね。
「じゃあなんで喋らなかったの?」
「んと、色々と悩んでたんだよね。何処に行くかとか、いつにするかとかさ。二人で出掛けるの久しぶりで超楽しみだし」
「何——」
なんのこと?と一瞬思ったが、流石の僕もそこまでデリカシーがないわけではない。
今彼女は朝約束したデートの話をしているのだろう、恐らく、たぶん。
「煌生くんどっか行きたい所とかある?」
「えと、爬虫——」
爬虫類イベント! そう言いたかったけど流石の僕もそこまで配慮の欠けた人間ではない。
というよりこんな事ばっかり考えてるから友達少ないんだろうな僕……。
「薙見亜さんに任せるよ」
「んーわかった。……もしかして煌生くん、そんな乗り気じゃない?」
「それだけは絶対ない」
そこは誤解がないように全力で否定しておいた。
学校外で薙見亜さんの隣を歩く、なんて誰もが羨むような権利を嫌がる方がどうかしている。
「そっか。なら良かった。じゃあ、また夜にでも電話するよ。今日は早寝しちゃダメだよ煌生くん?」
「わかった、起きてるよ」
「ホント楽しみだなぁ。……けど、あんまベタベタしていると女子に妬まれちゃうかもね」
薙見亜さんは男子のみならず女子にも人気だ。
そんなスターの隣をこんな根暗男子が歩いてれば、当然「何あの陰キャ」ってみんな思うだろう。
あまり舞い上がらないように着意し、薙見亜さんをエスコートして及第点ぐらいは貰いたい。
——気付けば昼休みも残り5分を切っていた。
そろそろ戻らないと次の授業に間に合わなくなる。食器を片付けて僕と薙見亜さんは急ぎ足で教室へと向かった。