1 精霊女子は突然に
宜しくお願いします。
「お願いします。あなたじゃないと駄目なんです!」
下校中、突如現れた女性に僕は助けを求められている。
「えと……」
「私の仲間を、助けて下さい!」
返す言葉に詰まっていると、女性は前のめりになってこちらへ懇願してきた。
何か困っているのなら手を貸してあげたいが、肝心の『何を』すればいいのか聞いていない。
「あの、わかりました。僕にできる事なら……。ただ、具体的に——」
「ありがとうございます! では、こちらです!」
女性は子供のようにはしゃぎながら僕の手を引っ張ってきた。その勢いに圧倒されて流されるまま連れ去られていく。怪しさ満載だが「放せ!」とも言いづらい。特に女の人相手だと尚更である。
その女性は奇妙な服装をしていた。
腕にはめられた黒と銀のガントレット、下半身の大半を覆っている頑丈そうな足鎧、首周りに黒蛇のペンダントとゲームキャラのコスプレみたいな容貌をしている。
年齢は高校生か。校服の上からそれらを装備しているので違和感極まりない。容色は大きめな黒いマスクをしている為いまいちわからない。
それにしても……凄いパワーだ。体格は割とスリムなのにどこからそんな力が、とグイグイ全身を牽引されながら僕は考える。
……いや、それよりも聞くべきことを聞いておこう。
「とりあえず、状況を詳しく教えてもらえますか?」
「はい。仲間が、偽装空間に閉じ込められてしまったんです」
「偽装空間ってなんですか?」
「あ、すいません。それの説明もまだでしたね。ただ、走りながらだと喋りづらいので目的地に着いたらでいいですか? その時に話します」
「……わかりました」
偽装空間とは一体なんなんだろう。初めて聞く言葉で気にはなる。ただこんな忙しない状態じゃ落ち着いて理解することもできない。今は彼女の言う通りにしておこう。
日暮れ時、空は一日の終わりを告げるオレンジ色に染まっていた。本来なら帰宅し、自室でゆっくりくつろいでいる時間だ。
「こっちです!」
住宅街を抜けて山の方面へ、僕たちは林道を駆け上がっていく。
女性は僕の腕を抱えたまま、わき目も振らず進み、息を切らせていた。そのペースに合わせようとするも躓き転倒しそうになる——。
「大丈夫ですか? あと少しですので頑張って下さい」
平気ですと返事をする間もなく女性は、僕の腕を自身の胸部へギュッと引き寄せた。
「——!」
ビーズクッションみたいな感触が伝わってきて惚けそうになったものの、すぐに自我を取り戻す。
「大丈夫ですから! 自分で走れますから手を放して下さい!」
「何を言っているんですか。こんな薄暗い危道。転んで怪我をしたりはぐれてしまったら大変です!」
こうは言ってるけどまだ陽が完全に沈んだわけではないし、何よりこんな一本道で逸れることはないだろう。
「……はい。すいませんでした」
しかし、女性に強く言えない僕と本心が寸秒協議した結果、このままでいい——現状維持、ということになった。
林道をしばらく上へ進んでいくと小さな小屋に辿り着いた。その建物の隣にある細道に僕たちは入っていく。その道の両側には低木があり、身体を小さくしながら前進しないと、木々の枝に頭や腕がぶつかってしまいそうだ。
「こちらです」
そう言うと、女性はようやく僕の腕を放してくれた。若干、物寂しい気分になってるのも束の間、眼前の光景に僕は何度も瞬きをしてしまう。
そこにあったのは高さが5メートル以上はありそうな岩壁。それだけならさほど不自然ではないのだが、そのちょうど真ん中辺りに赤赤とした人間サイズのトンネルができていて、物凄く不気味な感じがした。
「この真っ赤な穴はなんですか?」
僕が問いかけると、女性は何故かホッとした様子で胸を撫で下ろした。
「よかったです。あなたにはこの偽装空間が視認できているのですね」
「え、どういうことですか?」
「これは選ばれた者じゃないと目視することができないんです。あなたなら間違いないとわかっていたのですが、少し不安でした」
だから安心していたのか。その事実を先に言わないところを思うとカマをかけられた気がしないでもない。ただ今は、それを言及している状況ではないのでスルーしておく。
「まずは偽装空間について説明します。これは特殊な力によって構成された洞窟です。それだけではありません。悪意ある妖精の魔法によって作られた空間で、内部は彼らの領域になっています」
女性の口からまた一つ、謎のワードが出てきてしまった。アンシリーコート……とは一体。
僕が思い悩んでいるように見えたのか女性は改まった様子で喋り始めた。
「アンシリーコート——悪意ある妖精。狡猾で残酷な悪徒共です。私の仲間は今、コイツらに囚われています」
「えーと……僕はその悪意ある妖精からあなたの仲間を救えばいいんですか?」
「はい! お願いします!」
女性は熱心に頭を下げているが、僕はただの人間である。そんな平凡な者が異能の力を扱う妖精達に太刀打ちできるのか。
とりあえず容認の返答は後回しにしてそれ以外にも気になってることがあるので聞いてみる。
「後、失礼を承知で確認しますがあなたは何者なんですか? その……身なりがあまりにも不自然でしたので……ってすいません。怒りますよね? こんなこと言われたら」
「いえ、問題ないですよ。実際に私の姿はこの現代世界から浮いていると思いますし。それは当然です。人間ではないのですから」
「そうですか。人間じゃないんですねー……って、え!?」
「はい。私は人ではありません。正確には鉄の精霊、精霊名は『アイゼン』と申します」
「精霊……?」
「ご存じ、ないですか?」
いや、アニメも見るしゲームも好きだから精霊も妖精も知ってはいるけど、それらはあくまでも画面内の存在であって、こんな風に姿を現すなんて思ってもいなかったからビックリしているだけだ。
それとこれは僕の勝手なイメージだが、精霊とか妖精ってなんかこう、姿形がファンタジーなものだと思っていた。
自身を鉄の精霊と告げた女性は、服装こそ奇妙なもののそれを除けば普通の女子高生と変わりはない。そういうものなのだろうか。
「勿論、知っています。ちょっと驚いちゃっただけで……その、精霊と会話するのとか初めてでしたから」
ちょっと気恥ずかしげにそう返すと、女性はきょとんした面持ちで目をパチクリさせていた。
「ここまで強引に連れてきた私が言うのもおかしなことですが、信じてもらえるんですか? 私の話を」
「はい。というよりあなたやこの偽装空間?の全貌を見たら何か非現実的な事象が起こっているのは間違いなさそうですし。それとあなたすごい真面目そうですから」
その瞬間、やや強い風が吹いた。風樹の響きや鴉達の鳴き声が耳の横を通り過ぎる。
「——フ」
そよぎの音が若干騒がしい中、女性が乾いた笑いを浮かべた気がした。
「……ああ、申し訳ありません。ボーとしていました。それと私、そんなに真面目じゃないですよ?」
穏やかな声調でそう言うと、女性は僕をじっと見つめる。
今更気付いたけど、その瞳は抑揚のない澄んだ色をしていた。どことなく不思議な魅力に見惚れかけていると、女性は涙袋をより強調させこちらへ語りかけてきた。
「割と綺麗な顔されてるんですね。カッコイイというより可愛い感じの美少年」
「あ、あの、からかってるんですか?」
「いえそんなつもりはありません。ただ嬉しいことを言われたのでつい……」
恐らくリップサービスのつもりで言ってくれたんだろうけど、正直『可愛い』は男として微妙である。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。私としたことがうっかりしていました。——私は蓮華と申します。よかったらあなたのお名前も教えていただけますか?」
「僕は風白煌生です。蓮華さんですか……あなたにピッタリの素敵な呼び名ですね!」
蓮華、花言葉は……心が和らぐ? 安らぐだっけ? どちらにせよ落ち着いた才貌している彼女にお似合いの名前だ。
「……」
僕は何かおかしなことを言ってしまったのか、蓮華さんは呆然としている。しかしすぐに目を逸らし落ち着かない様子で何かごにょごにょと言い出した。
「あの……蓮華さん?」
いきなり呼名していいか迷ったけど、せっかく教えてもらったしとりあえず名前で呼んでみる。
「あなたは……煌生は、大人しそうな端正をしているのに割と、ハッキリと褒めてくれるんですね。——たしのこと。素敵だなん……」
最後の方よく聞こえなかったけど、蓮華さんは伏し目がちにそう答えた。名前を褒められたことが照れくさいのか、人差し指同士をツンツンしている。
僕はどうしていいかわからず少しの間待っていると、蓮華さんは顔を上げ、2、3回程咳払いをして表情を改めた。
「……すいません。では、参りましょうか。具体的な詳細は道すがらお話しします」
僕が小さく頷くと、蓮華さんは先頭に立って偽装空間へ足を踏み入れようとするが——。
「うっかりしていました。今、時刻は?」
「えーと、夜の7時を回ったところです」
「そう、ですか。——煌生、申し訳ありません。本日は偽装空間へ入るのを断念します」
突然、敵地への侵入を中止すると告げた蓮華さん。僕は全くもって現況を読めずにいた。
作品の方を読んでいただきありがとうございます。
少しでも興味を持ってくださった方、今後とも応援していただけると幸いです。