ジェミー
ジェミーはヒレに怪我を負った状態で産まれてきた子だった。
かわいそうに思った私は、大きくなるまで自分の水槽でジェミーを育てていた。
学校のてまいじめられた日は、ジェミーに愚痴をこぼしたりもした。
口数の少ない小学生時代の私の友達は、ジェミーだけだった。
だから、ジェミーだと気づけず、水中銃を撃ってしまった自分が、本当に憎かった。
いや、薄々内心ではわかっていた。
出荷できるギリギリのサイズになっていたからだ。
これ以上大きくなると、うちで管理できなくなるのだ。
だけど、情が移って、撃つことができないでいた。
だから、なるだけエイの姿をきちんと見ないで、狙撃するヒレの部分だけを捕捉したら撃つようにしていた。
やっぱりジェミーだったんだ。
加工場に行くまでの航行中、私はずっと頭を抱えていた。
私はついに、ジェミーの加工場に運んできてしまった。
まさか私に刃物を向けられるなんて思っていないジェミーは、
私に甘えるように擦り寄ってきた。
水中銃だって、私に撃たれただなんて気づいていないようだ。
必死に痛いことを訴えてきた。
助けてあげたかった。
でも、捌かないといけないのだ。
なぜならナルトビエイは本来、駆除の対象であり、
医療用利用のためだけに飼育が許されているのだ。
そんな人間の都合に逆らってしまえ、なんてことは
妻子のいる私にはできない。
ここで、ジェミーを加工しないと、私は犯罪者になるのだ。
ジェミーは不思議そうな顔をしながら、大包丁を持つ私を見つめる。
嫌だ、見つめないでくれ、こっちを見ないでくれ!!
ズドン!と、目を背けるようにしながら、大包丁を振り下ろしてしまった。
切れ込みがはいった、ヒレだけがふよふよと生簀を漂っていた。
ジェミーは怯え切っていた。
目の前で僕にヒレを切られたのに、震えながらも僕に擦り寄ろうとしてきた。
こんなに残酷なことをされても、なお近づくジェミーの姿は、さながら虐待を受けた児童のようだった。
虐待を受けても、親にしか縋れない、そんな哀れな、子供のような。
いっそ早く楽にしてやりたくてまた、包丁を振り下ろした。
空ぶってしまった。
嫌だよ、斬れないよ。
よろめいていくジェミーの姿、
フラフラしながらこっちに寄ってくる。
それ目掛けて、背けたい目をひん剥いて、しっかりと
ヒレめがけて振り下ろす
ガッと、骨が切れる音がした。
きっと、私が斬ろうとしているのをわかっていて、
それでもジェミーは近づこうとしてくれていたんだ。
遊泳力をなくしたジェミーが生簀でフラフラ流されていく。
それをギュッと抱きしめる、強く、でも、痛くないように抱きしめる。
そして、培養液につけて出荷しようとする。
私は気づけば、ベルトコンベアに流された、
ジェミーの入った水槽を取りに戻っていた。
輸送しなければ、ジェミーの生きた意味はないのに。
ジェミーはもう長く生きられないのに、
手元に置いていたって誰も幸せにならないのに。
それでも、誰ともしれない男がジェミーを体外受精に使用して、捨てるのが許せなかった。
私は誰ともしれない、ジェミーのことを使うであろう患者に、嫉妬を隠せないでいた。
いっそのこと、ジェミーを私だけのものにしたくなった。
気づけば、私はチャックを下ろして、ジェミーを抱きしめていた。
ジェミーのナカに卵子セットを詰めた状態で。
ジェミーの中は、温かくて、あまりにも生きている感じがして、私は涙が止まらなかった。
なのに、腰を振ることを止めることもできなかった。
快楽に負けてしまう自分が本当に許せなかった。
なのに、私は果ててしまった。
独りよがりでしかないが、ジェミーと私は一つになれた気がした。
きっと一方的だろうが、愛しあえた気がした。
今のジェミーは必要最低限の身体しかないから、苦しんでいるかどうかすらわからない。
きっとジェミーとエクスタシーを分かちあえたんじゃないか
そんな都合のいい妄想を抱いてしまう自分が心底気持ち悪かった。
居た堪れなくなって、ジェミーを妊娠装置にかけて、私は逃げ出してしまった。