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靴選び

作者: よっしー

 靴を買おう。

 SNSで「新しい靴を買った」という投稿を目にしたせいか。それとも、つい先日一足ダメにしてしまったせいか。ふと、そんなことを思った。

 思い立ったが吉日ということで、近くの靴屋にやってきた。広い店内には革靴からサンダルまで多種多様な靴が並んでいる。加えて、値段も安いので人気の店だ。

 「いらっしゃいませ」という店員の声を聞きながら、スニーカー売り場へ向かう。目的地は、入口から見て右側に広がっている。


「どれにしようかな……」


 売り場に着くなり、豊富な品ぞろえに目移りしてしまう。壁一面の商品棚に並べられているのはもちろん、それでも収まりきらなかった分が、図書館の本棚のように並んだ手前の商品棚にも置かれている。おそらく、この店で一番品数が多いのではないだろうか? 

 本格的に探し始める前に、どんなスニーカーが欲しいか考える。職場にも履いて行くことを考えると、落ち着いた色がいいだろう。服装自由ではあるけど、派手なのはよくないだろうし。それを踏まえると、装飾も控えめな方がいいか。

 頭の中でなんとなくイメージしながら、商品を見ていく。真っ白な靴、メーカーのロゴが目立つ靴、靴底は白くそれ以外は赤い靴……。どれもオシャレだけど、今探している物ではない。


「お」


 目に留まったのは、靴紐も含めて真っ黒のスニーカー。柄も入っておらず、とてもシンプルなデザインだ。職場に履いて行っても違和感はない。デザインは気に入ったので、次は履き心地を確かめてみよう。

 そう思い、値札に書かれた番号の箱を探す。幸い、靴が置かれている棚の近くに積まれていたので、すぐに見つけることができた。あとは、自分の足のサイズと同じ物を見つけるだけだ。


「サイズ、いくつだっけ……?」


 身長と違って毎年測るものではないし、最後に靴を買ったのは二年前ということもあって、さすがに忘れてしまった。ちなみに、その時買った靴が今履いている物だ。

 まぁ、成長期なんてとっくに過ぎているし、この靴は問題なく履けているのだ。なら、同じサイズの物を買えばいいだろう。そう思って確認してみると、この靴は二五.五センチだった。

 同じサイズがないか探すと、一箱だけ見つけたのでそれを持って椅子に座る。履いてきた靴を脱いで邪魔にならない位置に並べ、箱から商品を取り出す。かかとをつぶさないように注意して履き、少し歩いて感覚を確かめる。

 ……横幅が狭い。一応履けてはいるけど、圧迫されている感じがする。ずっと履いていたら足を痛めそうだ。ただ、つま先に窮屈さや隙間は無かったので、長さは合っているとみていいだろう。

 商品を元に戻し、ほかの靴を探す。見た目が気に入った物があれば、試し履きをした。しかし、どれもしっくりこない。

 試し履きを繰り返すこと三回。遂に店員に声を掛けられた。


「お客様、何かお困りでしょうか?」


 自分に合う靴が見つからなくて困っている。しかし、まだ三回しか試していないのに店員に頼るのは気が引ける。


「いえ、大丈夫です」


 なので、やり過ごす。もう少し自分で選びたい。

 そうして、靴選びは続いていく。

 四回目、足を踏まれているような感覚がある。

 五回目、履きづらいし脱ぎづらい。

 六回目、またも横幅が狭い。

 六連敗である。靴選びってこんなに難しかったかと思いながら箱を戻すと、先ほどの店員が再度話しかけてくる。


「よろしければ、お手伝いしましょうか?」

「……お願いします」


 このままではどうしようもないので、プロの力を借りることにした。


「かしこまりました。では、足のサイズを教えていただけますか?」

「えっと、たぶん二五.五です。今履いてる靴がそうなので」


 曖昧な返事に「なるほど」と頷いた彼は、考え事をするように数秒目を閉じた後、口を開いた。


「一度、足のサイズを測ってみましょうか」

「え?」


 思わず、声が漏れてしまう。確かに、足のサイズは曖昧だ。でも、前買ったこの靴は今も問題なく履けているし、試し履きをした時も長さが足りないということはなかった。なので、わざわざ測らなくてもいいと思う。

 そう説明すると、彼は嫌な顔をせずに答えてくれた。


「正確なサイズを知っておくことは重要ですよ。もし実際よりも小さいサイズの靴を履いていた場合、靴擦れが起きたり、足が痛くなってしまうことがございますから」

「なるほど」

「それに、私としてもお客様の正確なサイズがわからないと、ぴったりな靴を探すお手伝いが難しくなってしまいます……」


 申し訳なさを含んだ声に、こちらも罪悪感を覚えてしまう。曖昧なままお勧めするというのは、彼としては許せないのだろう。

 サイズ測定は無料だと言うし、せっかくなので測ってみよう。


「じゃあ、お願いします」

「ありがとうございます。では、こちらへどうぞ」


 店員に促されて入口に戻ると、モニター付きの機械があった。モニターの前に立つ場所があり、両サイドには手すりが付いている。形としては、病院にある体重計が近いだろうか。

 靴を脱いで足のマークがある場所に立つと、店員がモニターを操作し、測定が始まった。そして、表示された結果は、


『二六.五』


今履いている靴よりも大きいサイズだった。


「え!? なんで俺一センチも小さい靴履けてるんです!?」


 驚いて大きな声を上げてしまい、慌てて口をふさぐ。でも、仕方ないだろう。自分の足よりも小さい靴を履いているとは、夢にも思わなかったのだ。


「そうですね……。実は、靴のサイズと足のサイズって同じではないんです」


 二度目の衝撃に固まってしまう。その様子を見た彼は苦笑しながら、話を続ける。


「靴のサイズは、記載されている数値よりも大きく、つま先にゆとりを持たせていることが多いです」

「だから小さいはずのこの靴も履けてるのか……。でも、どうしてそんなことを?」

「つま先にゆとりがあった方が歩きやすい、ゆとりがないと指が曲がってしまうなどの理由がありますね。ですので、靴を選ぶ際はつま先にゆとりがあるか確かめた方がいいですよ」


 ゆとりがあった方がいいのか……。今までそういう靴はサイズが合っていないと思って選んでこなかったが、逆だったようだ。この歳になって初めて正しい靴の選び方を知るとは、恥ずかしいにもほどがある。

 内心羞恥に悶えていると、店員が紙を手渡してきた。どうやら、計測結果を印刷してくれたらしい。ありがたく受け取る。


「それと、お客様はどうやら足幅が広めのようですね。とすると、先ほどご覧になっていた商品よりも、こちらの方がいいかもしれません」


 迷いなく歩き出した彼についていくと、さっきまで試し履きをしていたエリアを通り過ぎ、有名な海外メーカーの靴が並ぶエリアに着いた。有名なメーカーということもあり、ほかよりも広いスペースが確保されている。


「こちらのメーカーでしたら、お客様の足にも合うはずです。お好きなものをお選びください」

「わかりました」


 並んでいる商品を眺めていると、一足の靴が目に入る。黒を基調としつつ、ところどころに濃い青色があしらわれている。周囲の靴と比較しても落ち着いたデザインで、気づけば手に取っていた。


「これにしようかな。サイズは二六.五だったから……」

「同じサイズ、もしくは少し大きめの二七がいいかと思います。両方試してみましょうか」


 彼はそう言って、商品棚の下段に積まれた箱の中から目的のサイズを取り出していく。それを受け取り、近くの椅子に座って試し履きをする。まずは二六.五からだ。

 立ち上がって歩いてみる。今までつま先にゆとりなんてなかったので違和感こそあるが、歩きづらいというほどではない。慣れの問題だろう。


「いかがですか?」


 一通り試したところで、店員に感想を聞かれる。


「歩くと違和感がありますね」

「違和感、ですか?」

「今まで小さい靴を履いてたので、そのせいだと思います。慣れれば問題ないかもしれません」

「なるほど……。もし気になるようでしたら、中敷きを入れることで調整することもできますよ」


 「別売りですけど」と付け加えて、彼は営業スマイルを浮かべる。単品で売られてる中敷きって、そんな役割があったのか。てっきり、壊れたり失くしたりした人向けだと思っていた。

 中敷きを入れれば、この違和感も無くなるのだろう。でも、初めての感覚だから慣れていないだけだと思うので、しばらくはこのままで様子を見よう。


「いえ、今はいいです。必要になったら買いに来ますね」

「承知いたしました」


 潔く引き下がった彼に軽く詫びた後、靴を脱いで箱にしまう。続いて二七だが、これは試さなくてもいい気がする。二六.五で違和感があるのだ。それより大きいサイズにしたら解消する、なんてことはないだろう。むしろ逆効果だ。


「そのご様子ですと、二七は大きすぎるかもしれませんね」


 彼も似たようなことを思ったのか、そう口にする。それに同意した俺は、もともと履いていた靴に足を入れた。いつもは問題なかったのに、今はとても窮屈に感じる。指が曲がってしまう、というのも頷ける話だ。よくこの状態で無事だったなと思う。

 欲しい靴が決まったので、立ち上がる。すると、店員が手を伸ばしてきた。俺が持っている箱を元の位置に戻そうとしてくれているのだろう。不要になった二七の箱だけ渡しつつ、告げる。


「これにします。デザインがこの中で一番好きなので」

「ありがとうございます! お探しの物は以上でしょうか?」

「はい。サポートしてくれてありがとうございました」


 お礼と同時に頭を下げる。彼のサポートがなければ、正しい靴の選び方なんてわからなかった。感謝しかない。

 対して、彼は、


「いえ、お客様のお役に立てたのなら何よりです」


と何でもないように返し、レジの方へ促してくる。このまま会計までしてくれるらしい。先導するその背中がとてもカッコよく見えた。


 レジで代金を払い、商品を受け取る。その際にあらためてお礼を言い、入口へ向かう。

 それにしても、今まで小さい靴を履いていたとは思わなかった。もしかしたら、ズボンなんかも同じかもしれない。今度買うときは、前と同じサイズにするのではなく、一度きちんと測ってもらおう。それに、間違った選び方をしているかもしれないので、恥を忍んで正しい選び方を聞いた方が良さそうだ。


「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしてます!」


 店員の声を背に受けながらそんなことを考え、店を後にした。

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