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籠姫   作者: 桐龍潮音
9/14

過去―――救いの少女












暗い、暗い、闇の中。

一つに纏めた長い紫の髪を揺らしながら歩く鬼の姿。

僅かの光さえない世界で、不思議なことにその鬼の姿は闇に浮き上がるようにしてはっきりと見えた。






『父さまっ!』






私の呼びかけに、紫の鬼が振り返る。

闇に映える真っ白な顔に浮かんでいるのは柔らかな微笑み。

細められた紫水晶のような瞳が、優しく私の存在を捉える。






『紫黎』






呼びかけに応えるようにして呼ばれた、私の名。

その短くも温かな声を合図に、私は駆けだす。

まるですべての重さを失ったかのように、体が軽い。






『と――――ッ!?』






あともう少しという距離で、突然闇の世界に花弁が舞う。

それはすぐそこにいるはずの父さまの姿さえ見えないほどの、凄まじい花吹雪。

どこからともなく吹いてきた赤い花弁が、闇の世界に色を付ける。






『父さま…っ!』






突風と共に吹き抜ける赤い花弁が容赦なく私に襲いかかる。

あまりの凄まじさに目を開けていられない。

両腕で顔を庇うようにして花吹雪が止むのを待つ。






「……っ!」






嵐のように舞っていた花吹雪が徐々におさまって、はらはらと情緒めいた穏やかなものへと変わる。

ようやく視界が開け、すぐ近くにいるはずの父さまに笑顔を向けようと持ち上げた唇は、すぐさまその意味を失くした。






『……………え?』






父さまの左胸を突き破るようにして生えた、一本の白い腕。

その腕にまとわりつくようにしてヌラヌラと生々しく光る赤い液体。

白い腕に映えるその赤い液体から発される鉄錆のような匂いに、何とも言えぬ恐怖心が体中を駆け巡る。






『と、う、さ、ま?』


『し、れい…』






ごぼりと赤い液体を吐き出した唇で私の名を呼ぶと、苦痛に歪められていた父さまの顔がカクンと糸が切れた操り人形のように力を失くし前に倒れた。






『あ、ああ…』






赤く染まった白い腕が父さまの胸から勢いよく抜かれていく。

崩れ落ちるようにして倒れた父さまの体が、私の足元に転がる。

生気を失った体とは裏腹に、紫の長い髪だけは艶やかに輝いて闇に散らばった。






『他愛もない』






闇さえも震わす冷たく鋭い声。

見上げれば二、三歩離れた距離に佇む銀の鬼。

爛々と輝いた青い瞳が、射抜くように私を見つめる。






『ぎ、んひ…?』






ゆっくりと、銀の鬼が私に向かって片腕を伸ばす。

白いはずのその腕はヌラヌラと生々しい赤色に染まっていた。

そのことを認識すると共に、父さまの胸を突き破って生えていた腕が銀の鬼のものなのだったと知る。






『ど、う、し、て……』






恐怖のせいかショックのせいなのか。

喉に何かが詰まったかのように声が上手く出せない。

途切れ途切れの言葉は酷く稚拙に聞こえた。






『どう、してなの……』






体が強張り思うように動けない私を嘲笑うかのように、銀の鬼の赤い手が迫りくる。

鉄錆のような匂いが一段と濃くなり、それが麻酔のようにさらに私の動きを封じ込める。






――――――父さまを殺したその手で私も殺すっていうの?






頭の中に浮かんだ私の考えを読み取ったかのように、銀の鬼が嗤う。

それはどこまでもどこまでも優しい嗤い。

こんな状況じゃなければきっと見惚れてしまうだろうその嗤いに、今は戦慄で体が震える。






『どうして、こんなことするのよッ!』






恐怖、絶望、憤怒、混乱、悲哀。

様々な負の感情を宿した紫の瞳を見開く私の姿が、嗤う青い瞳に映る。

まるでその瞳の中に私という存在が閉じ込められたかのような錯覚に、刹那の眩暈を感じる。






『紫黎』






赤く染まった銀の鬼の腕が、まるで壊れものに触るかのように優しく私の喉元を掴む。

掴まれた喉からひゅっ、と声になれなかった空気が漏れた。






『紫黎、紫黎、紫黎、紫黎…』






狂ったように繰り返される私の名。

その度に喉元を掴む手に力が入っていく。






―――――どうしてなのよ、銀緋ッ!!






どうして、父さまを殺したの?

どうして、私を殺そうとするの?






どうして、どうして、どうして。

渦巻く疑問を種火に、烈火のごとき感情が燃え上がる。

それは今まで感じたことの無い激しくも荒んだ感情。






『ぎ、んひッ!!!』






胸に渦巻く感情のまま声を絞り出し銀の鬼の名を叫ぶ。

すると、目の前で私の首を絞めていた銀の鬼の姿が赤い花弁となって弾け飛んだ。

パンッ、と聞こえるはずのない破裂音が聞こえてきそうなほど見事に弾け飛んだ赤い花弁がはらはらと私に降り注ぐ。

まるで、血の雨のように。





「―――――ッア!!!」






掴まれていた喉が解放され、呼吸が楽になる。

目の前で起きた事に驚きつつも、貪るようにして空気を吸い込む。

げほげほとせき込むようにしながら呼吸を繰り返し、何とか落ち着こうと必死だった。






【酷い鬼ね】






まだ少し荒い呼吸のさ中、不意に耳元で聞こえた邪気の無い澄んだ少女の声。

聞き覚えのあるその声に振り返ると、そこには思った通りの人物が立っていた。






【大丈夫?】






赤い花弁の雨の中。

茫然とする私の前に立つ一人の少女。

見慣れたその姿に、思わず目を見開く。






『あ、あなたは……っ!』






辺りの闇よりも濃い黒髪に、爛々と輝く紫の瞳。

あどけなさを残す、私とそっくりの少女。

それはここ最近頻繁に見るようになったあの映像の中の少女。






【なあに?そんなに驚いた顔しちゃって。いつも会っているでしょう?】






くすくすと少女が笑う。

鈴を転がしたようなその笑い声が闇の中にこだましては、消えていく。






『どういうこと…?いつもと違う……』






笑い続ける少女の姿に、私は戸惑いを隠せなかった。

何故ならいつもの映像の中の彼女は泣いていたから。

こんな風に笑ってなどいなかったから。






【いつもと違う…?ああ、そうね。今までは満足に力を使えなかったから、同じ姿と光景であなたに私の願いを告げることしかできなかった】






笑みを消し、切なそうに呟く少女。

ああ、どうしてだろう。

彼女の表情が少し曇るだけで私の中の庇護欲が溢れだす。






【でも、あなたが『転生のよわい』を迎えたことで私の力が強まった。だから今はこうして自由にあなたと会話することができる】






ゆっくりと近づいてきた少女が私の目の前で立ち止まり、そっとその小さな手を私に伸ばす。

その手に誘われるようにして身を屈めると、しがみつくようにして少女が私を抱きしめた。






【だからね、私あなたを助けに来たの】


『え?』


【銀の鬼によって傷つけられたあなたを、救いに来たの】






耳元で囁かれた少女の言葉に、息を呑む。

胸を突き破られた父さま。

嗤う青い瞳で私を見る銀の鬼。

漆黒の闇に飛び散る赤い赤い血と花弁。






少女が現れる前に目の前で繰り広げられていた光景が、鮮やかに蘇る。






『あなた知ってるの…?銀緋が、銀緋が父さまを……』


【知ってるわ。銀の鬼があなたの大好きな父親を殺したこと、あなたの幸せな日々を奪ったこと、あなたの淡い恋心を踏みにじったこと。あなたの身に起きたことは全部全部知ってるわ。だってあなたは私で、私はあなただから】






少女の言葉は所々よくわからないものがあったけれど、それでも私の心を甘く浸していく。

とろりと甘い蜂蜜のような彼女の言葉に私は徐々に溺れていく。

彼女の言葉だけが静かに私の中に入り込み、それ以外は何も感じられない。






【あんな酷い仕打ちをされたら誰だって憎しみを抱くわ。ねえ、そうでしょ?】







憎しみ……?

少女の言葉にはっと気がつく。

ああ、そうか。

胸の中で燃え上がったあの感情。

激しくも荒んだあの感情は――――――…






『憎しみ…』






にくい、ニクイ、憎い。

愛していたからこそ。

大切だったからこそ。

銀の鬼が私にした仕打ちが赦せない。






だけど。






『誰かを憎むことってこんなに苦しいことなの……?』






銀の鬼が、憎い。

それは確かにこの胸に宿っている鮮烈な思い。

けどそれ以上に、こんな気持ちを抱くことが苦しくて堪らない。

銀緋への恋心を募らせたあの幸せな記憶が、銀緋への憎しみに苦しさを伴わせる。

愛した人を憎むという、苦しさを。






【銀の鬼は憎まれたって仕方ないほどのことをしたのよ。あなたが彼を憎むことは間違ったことじゃないの。だからそんなに苦しむ必要なんてないわ】






柔らかな小さな手が私の髪を撫でる。

それは母親が泣きじゃくる幼子おさなごを宥めるときにやるものに似ていた。

その何気なくも穏やかな手つきに、思わずしがみつくようにして少女を抱きしめる。






【私があなたをその苦しみから解放してあげる】






憎い、苦しい、悲しい。

私の中に渦巻くドロドロとした感情とは正反対に、少女の声はどこまでも無垢で清らかだった。

だからこそこんなにも縋りつきたくなってしまうのかもしれない。






【だから、私にあなたのすべてを委ねて】






私を抱きしめていた腕を解き、少女が私の顔を両手で包みこむ。

爛々と輝く紫の瞳。

自分と同じその瞳の光の強さに、吸い込まれる。






【私があなたを救ってあげるわ】






愛した鬼が大好きな父さまを殺した。

愛した鬼が私の幸せな日々を奪った。

愛した鬼が私の優しい世界を壊した。






『苦しい……』






愛した鬼がもたらした残酷な現実。

愛した鬼を憎まずにはいられない現実。






それが苦しくて堪らない。






『助けて…お願いよ、助けて……』






この苦しみから解放してくれるのならば。

誰でもいい、どんな方法でもいい。

お願いだから、私を救って。






【ええ、救ってあげる。さあ、目を閉じて。あなたのすべてを私に委ねて。そうすればあなたはその苦しみから解放されるわ……】






目を閉じる。

私を取り巻くすべてのことから遮断するように、強く強く。

意識さえも眠らせる。






【そうよ。その調子でゆっくりおやすみ。あなたは私、私はあなた。あなたを苦しめるものはすべて私が排除してあげる……】






密やかな笑い声に見送られるようにして、私はさっきまで辺りを取り囲んでいた闇よりもさらに深い闇へと沈んでいった。











































































































助けて、助けて、助けて。

救いを求めたその先に現れたのは。

甘い言葉と私そっくりの容貌を持つ少女。






彼女は天使?

それとも悪魔?






そんなことはどちらでもよかった。

ただこの現状から連れ出してくれると言うのなら。

そのための手を差し伸べてくれると言うのなら。






それが清らかだろうと穢れていようとも。

本当の救いだろうと、救いに見せかけた破滅だろうと。






私はその手に縋るしかないのだから。























長々と続いた過去編もここで一端、終わりとなります。

中途半端な感じですが、この続きはまた後ほど明かすということで次話からは現在編へ戻ります。






今回の話は、銀緋に気絶させられた際に紫黎が見た夢です。

夢といってもただの夢ではないのですが…。

このへんのことももう少し話が進んだら明らかにするつもりです。






最後に、お気に入り登録・評価をしてくださっている方々本当にありがとうございます。

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