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籠姫   作者: 桐龍潮音
7/14

過去―――父の加護










葉が散った冬の木々。

その木々の間に佇む泣き笑いの表情を浮かべた紫の鬼。

目の前に広がる儚く寂しげなその光景を、私は瞬きすらも忘れて見つめていた。






「ごめんね、紫黎」






もう一度、父さまが謝罪の言葉を呟く。

その声はいつもと変わらぬ、柔らかく優しい声。

なのに父さまが浮かべている表情は今まで見たこともない泣き笑いの表情で、それがとても異質に思えた。






「父さま……なんで、なんで謝るの…?」






自分の声とは思えぬほど小さく頼りない声。

おまけに喉に何かがつっかえたように、上手く言葉を紡げない。

紡ぎたい言葉が喉の奥で絡まっているような、そんな変な感じがする。






「お前の幸せを壊すのが……僕だからだよ」


「な、にを言ってるの父さま…?」






私の幸せを壊すのが父さま?

意味が分からない。

話が、見えない。






「いずれ、分かるよ」


「父さま…」


「分かったその時は遠慮なく僕を怨みなさい。そうしないとお前が辛い思いをするからね…」






どこまでもどこまでも優しい微笑み。

なのにどうしてだろう。

父さまが微笑めば微笑むほど、私の胸はキリキリと締め付けられるように痛む。






「父さ―――」


紫爛しらん






不意に遮られた私の言葉。

遮ったのは私を抱きしめている銀の鬼の声。

聴き慣れたその声に驚きを隠せなかったのは、彼が呼んだその名前のせいだった。






「銀緋……あなた、どうして父さまの真名を知ってるの……?」






紫爛。

銀の鬼が呼んだその名前は、父さまのもの。

母さま以外呼んでいるのを聞いたことがない、父さまの真名。






「昔なじみなんだよ」






銀の鬼への問いかけに答えたのは、父さまだった。

微笑む父さまと対照的に、銀の鬼の表情は険しい。

こんなにも負の表情を表に出している彼を、私は初めて見た。






「久しいね、銀緋。………いや、もう軽々しくその名を呼んではいけないかな。何せ今の君はこの世界の―――」


「やめろ。お前まで我をそんな目で見るのか?」


「ふふ、冗談だよ。今も昔も僕にとって君は君でしかない」


「……相変わらずたちが悪い」


「褒め言葉として受け取っておくよ。それよりも、その様子だと紫黎には君の立場を教えていないようだね?」


「…」






微笑みを絶やさず言葉を紡ぐ父さまと、父さまの言葉に憤怒を露わにする銀の鬼。

そんな相反する二つの表情を浮かべた二人を、私は交互に見つめているしかなかった。

彼らの間で交わされている話の内容はさっぱり分からないし、たとえ分かったとしても容易に口をはさめるような雰囲気ではなかった。






「でも、君のその判断は間違っちゃいない。君の立場を最初から知っていたら紫黎は……いや、紫黎だけじゃなく誰だってそんな風に打ち解けることはできなかっただろうからね」


「…」


「それにしても、この三年の間に随分とうちの子と仲良くなったみたいだね」






父さまのその言葉に、私は違和感をおぼえる。

今、父さまは三年の間と言った?






「三年の間って……父さま、私が銀緋と会っていたこと最初から知っていたの?」






この銀の鬼と会っていたことは誰にも、そう誰ひとりとして話していない。

なのに何故父さまは三年の間と言ったの?

それは私と銀の鬼が出会ってから今までの年月にぴたりと当てはまっている。






「知っていたよ。お前達がここで会っていること。……初めて出会ったその日からずっとね」


「どうして…っ!?」


「お前にかけてある守護の術から知ったんだ」


「守護の術?」


「そう。僕たちが暮らしているこの森は人も鬼もめったに訪れない。けどね、だからと言って誰にも会わないとは言い切れないだろう?お前は『間の子』だからね。見つかったら大変なことになる。だから誰かに遭遇してしまった万が一の時を考えて、随分前に僕はお前に守護の術をかけた。お前の身に何か危険が及んだ時に守れるようにとね」


「何でその術で銀緋の事が分かったの…?」


「守護の術と言うのはね、術者の魔力の一部を術にかけた相手に宿すことで成立するんだ。魔力は己の一部。その魔力を他人に少しでも受け渡すと言うことは、つまりは自分の分身を他人に憑依させるのと同じようなものなんだよ」






私はただ驚くことしかできなかった。

自分にそんな術がかけられていたことも、その術を通して、父さまが私と銀緋が会っていることに最初から気がついていたことも、何一つ知らなかった。






「こんなことを言うと、お前の行動をすべて監視していたように聞こえるだろうね。だけど本来この術はかけた相手に危険が及ばないと発動しないから、逐一お前の行動を把握していたわけじゃないんだ。ただね、今回お前が会っていたのは僕の昔なじみでもある銀緋だろう?魔力にも個性と言うものがあって、しかも彼の魔力は色々と特別で分かりやすいんだ。だからお前が銀緋と初めて遭遇したその時、守護の術を通して感じられた彼の魔力で、相手が誰だか一発で分かったんだよ。その後も毎日お前にかけた守護の術を通して銀緋の魔力が感じられたからね。二人が会い続けていることはずっと知っていたんだ」


「じゃあ、父さまには私の行動だとか心の中のこととか分かっちゃうの…?」


「いや、それはないよ。さっきも言っただろう?お前に危険が及ばない限り守護の術は発動されないし、あくまでもこの術はかけた相手の身を守るためのものだ。監視するためのものじゃない。普段はせいぜい、お前の周辺の気配を感じることができる程度だよ」






その言葉に私は少し安心した。

分身だなんて言うから、私の行動もそれから心の中もすべて見透かされていたのかと思った。

いくら大好きな父さまでも…いや、大好きな父さまだからこそ知られたくないことだってある。

例えばそう、最近よく見る映像のことだとか銀の鬼への恋心だとか。






「いくらお前の身を守るためにかけた術だとはいえ、術をかけられた側からすればいい気はしないだろうね。お前に責められても文句は言えない」






確かにあまりいい気はしない。

すべてを見透かされていたわけじゃないから監視とは違うのだろうけど、でもそれに近いものではあるような気がする。

だけど―――――






「父さまは私の身を案じてその術をかけてくれていたんでしょう?だったら責めることなんてしない」


「紫黎…」






生まれたその時に殺さなければならない『間の子』である私。

そんな私を殺さずに育ててくれただけでなく、もう自立する年頃である今でもこうして守ってくれようとしている優しい父さま。

私のためを思ってやってくれたのだから、責めるなんてことできるはずがない。

むしろそうまでして守ってくれていることに嬉しささえ感じる。






「本当に…すまない」






いつも微笑みを絶やさなかった父さま。

なのに今はその綺麗な顔に微笑みはない。

あるのはこちらまで苦しくなるほど憂いに満ちた表情。

そんなの、父さまに似合わないのに。






「そんな顔しないで父さま。私、父さまがそうまでして私を守ってくれてたって知れて、嬉しいの。だから謝る必要なんてないよ?いつもみたいに笑って?」


「……お前がそう言うのなら」






まだ少し憂いを残しながらも、父さまは淡く微笑んでくれた。

私も微笑み返すと、父さまの表情はどこか安堵したような穏やかなものになった。






「紫爛」






すぐ傍で発せられたその声にはっとなる。

今まで父さまとの会話に集中していたせいで、すっかり銀の鬼の存在を忘れていた。

申し訳なくて、心の中で小さく彼に詫びた。






「お前の守護の術の話など、我にとってはどうでもいい」


「だろうね。そもそも君なら僕の守護の術に気がつかないわけがない。だから知っていたんだろう?僕が君の存在に気が付いていること」


「…」


「ふふ、図星だね。それで、君は何をそんなに刺々しい声を出しているんだい?」


「この三年間我の存在を知りながら現れなかったくせに、何故今日はここへ来た?」






銀の鬼の問いかけは、私の疑問でもあった。

三年間私たちが会っていることを知りながら、何故父さまは何も言ってこなかったのだろう。

そして何故今になって私たちが会っていることを知っていたとを明かし、ここへ来たのだろう。






「何故かって?」






鋭い光を宿した紫の瞳が銀の鬼に向けられる。

その光のあまりの鋭さに、自分が見つめられているわけでもないのに震えが走った。

あの柔和な父さまがこんな、こんな目で人を見るなんて信じられなかった。






「紫黎の傍にいた君にならその理由はとっくに分かっているだろう?」






寂しげな冬の木々の間から赤く咲き誇る烈火の花園へ父さまが歩みを進める。

燃え盛るような烈火の色彩に呼応するように、艶やかに揺れるひとつに束ねられた長い紫色の髪。

普段の柔和な表情と雰囲気を失くしこちらへ近づいてくる紫の鬼は確かに私の父さまであるはずなのに、まるで別人のような気がした。






「紫黎の『転生の宵』が近づいてきている」






低い静かな声。

鋭く光る紫の瞳。

笑みの消えた綺麗な白い顔。






「間近になればなるほど苦しむのは紫黎だ」






灰色の空はその空模様を変えず、赤い花は静かに咲き誇る。

そんな時が止まったかのように沈黙する世界の中で唯一艶やかに動くのは、圧倒的な存在感を放つ『紫爛』と言う名の紫の鬼。






「だから、今宵から『転生の儀』を始めようと思う」






ねえ、誰か教えて。

今、目の前にいる鬼は……本当に私の父さまなのでしょうか?





































































































愛情という名の揺り籠の中。

庇護の毛布に包まれて。

幸せな夢を見続けていた、あの頃。






目覚めた時はすでに後の祭り。

揺り籠は消え、揺らしてくれていた人達も消えた。

残ったのは体だけ成長した幼い自分自身だけ。






今もまだ体が憶えている揺り籠の揺れ。

愚かな私はいまだに探し続けているの。

あの揺り籠を。

揺らしてくれていたあの人達を。













もう、二度と見つけられないと知っているのにね。














今回で過去編は終わりにする予定だったのですが、予想以上に長くなってしまったので区切りたいと思います。

なので過去編はあと一、二話程続きます。




できれば今日中にすべて投稿したいのですが………どうなるかはわかりません(ーー;)







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