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籠姫   作者: 桐龍潮音
6/14

過去―――異変

















真っ暗な闇の中。

小さな女の子が一人。

こちらに背を向け、声を押し殺して泣いている。










――――ねえ、どうして泣いているの?










震える小さな背中が痛ましくて。

押し殺しても漏れ出る泣き声が切なくて。

泣いている理由を問いかけずにはいられなかった。










『悲しいから、泣いてるの』










嗚咽と共に返された幼い声。

それは庇護欲を掻き立てる、憐れな声。

何とかしてあげたいと心が騒ぐ。










―――何がそんなに悲しいの?










教えてちょうだい。

あなたの涙の理由わけを。

私が解決できることなら、何だってしてあげるわ。










『消えてしまうことが、悲しいの』










一際ひときわ悲痛な声で少女は訴える。

もう抑えることすらできないと言わんばかりに、漏れ出る嗚咽。

ああ、何て痛々しい。










―――消える?何故?










その声も姿も雰囲気も。

あなたのすべてがこんなにもたやすく私の心を揺さぶるというのに。

そんな存在のあなたが消えるなんて、一体どうして?










『何故かって…?』










泣き声がぴたりと止む。

こちらに背を向け泣いていた少女がゆっくりと振り返る。

顕わになったその顔に、思わず息を呑む。










『あなたがそれを聞くの?』










爛々と輝く紫の双眸。

辺りの闇よりも濃い漆黒の長い髪。

そして、その黒さに映える白い肌。










『私が消えるのは、あなたのせいなのに?』











紫の双眸は父さま譲り。

漆黒の髪は母さま譲り。

そして、白い肌は父さまと母さま両方から譲られたもの。










『私、消えたくないわ』










目の前にいるのは今の私を幼くした姿の少女。

どうして?

どうしてあなたは私と同じ姿をしているの?










『さっきあなた、私のためにあなたができることなら何だってするって思ったわよね?』










思った。

確かにそう思った。

けれど、声には出さなかったはず。

それなのに何故、あなたは私が思ったことを知っているの?










『それなら、私を消さないで』










困惑する私に構わず、少女は幼い声に似合わぬ物言いで話し続ける。

私と同じ紫の双眸が恐いくらい輝いて、強い視線を私に向かってはなっている。

姿は幼いのに彼女は私よりもずっと大人なのだと思った。










『私に力をちょうだい』










気がつけば少女の顔がすぐ目の前に迫っていた。

どこもかしこも私とそっくりな顔。

彼女が成長すれば今の私と瓜二つになるだろう。










『消えないように、あなたとひとつになれるように』










私とひとつになる?

それはどういうことなのだろう。

少女は私に疑問ばかりを抱かせる。










『力が必要なの』










視界いっぱいに広がる紫。

私と同じ少女の瞳の色。

私が小さくなったのか、それとも彼女が大きくなったのか。

身長差があったはずなのに、私と少女の顔は今や同じ位置にあった。










『強い力が必要なのよ』










唇に感じる柔らかな感触。

一瞬遅れてそれが少女の唇の感触なのだと気がついた。

僅かな口付けの後、離れ際に少女が呟きを残す。

その呟きが呪文のようにぐるぐると頭の中を回る。










『力が欲しい』



















チカラガ
















ホシイ















* * * * * * * * * * * * * * * * 










「紫黎っ!」






低く鋭い声。

肩に食い込む大きな手。

銀の鬼が闇の世界から私を引き戻す。







「ぎん、ひ…?」


「大丈夫か、紫黎?」







相変わらず感情の読めない綺麗な顔。

けれど私を見つめる青い瞳が微かに揺らめき、問いかけの声にも私を案じる響きが含まれていた。

ああ、心配してくれているのだと不謹慎にも嬉しく思う。






「ええ、大丈夫よ。…私またぼうっとしてた?」


「ああ」






またか、と漏れそうになる溜息をどうにか呑みこむ。

そんな私の表情に気がついたのか、銀の鬼がそっと私を抱きしめる。

まるで泣きわめく子供を慰める母親のような、優しい抱きしめ方に思わず安堵の息を漏らす。






「また変な夢…いえ、映像とでも言うのかしら?それを見たの」


「いつものか?」


「そう、いつもの。暗闇と私そっくりの小さな女の子が出てくるやつよ」






いつ頃からだったろうか。

何の前触れもなく、その映像を見るようになった。

最初のうちは数週間に一度程度の割合だったのが、数日に一度、一日に一度……と、間隔を狭めていき今では一日に数回も見ることがある。

ちなみに今日はもう三回目だ。

その映像を見ている間は、ただぼうっとしているように周りからは見えるらしい。

私にしてみれば夢を見ているような気分なのだけど、眠っているわけじゃないからその表現は正しくないのだろう。






「一体、何なのかしら…」





いつも見るのは同じ映像。

暗闇の中で泣く少女、問いかける私、振り返った少女は私と同じ顔、困惑する私に口付けをして力をくれと少女が要求する――――――――――そんな内容の繰り返し。

細部までまったく変わらず同じものを見続けている。

最初の頃はぼんやりとしていて夢といったほうがピッタリな感じだったけれど、今ではかなり鮮明に見えていて本当に映像というに相応しいものになっていた。







「何でこんなもの見るのかしら…」






何かの暗示?

それとも病気?

まさか過去に何かあったとか?






「わからない…わからないわ…」


「紫黎…」


「恐いのよ、銀緋。何だか分からない映像なのにとても惹き付けられるの。それが、恐くて堪らないのよ…」






そう、惹き付けられるのだ。

あの映像を見るようになった理由も、その内容も何一つとして分からないのに。

それなのにとても惹き付けられる。






「暗闇にいた私そっくりの子…あの子、力が欲しいって言うの」






少女が求めている力。

それが何なのかは分からない。

どうやって与えるのかも分からない。







「でも、あの子に力を与えちゃダメだってそう思うの」






心の奥で警報が鳴っている。

あの少女の言うとおりにしたはいけないと。

あの少女の存在を消してしまわなければダメだと。

目には見えない本能のようなものがそう言っている。

それなのに――――――――……






「それなのにね、私このままじゃあの子の言いなりになってしまいそうな気がするの」






ダメだと思う気持ちに反するように、少女の言うとおりにしたいと思う気持ちがある。

まるで自分の中に二つの人格があるかのような気分だ。

俗に言う、自分の心の中の天使と悪魔というのに似ているかもしれない。






「恐いわ、銀緋。私どうなっちゃ―――」


「紫黎」






私の言葉を遮り、私の名を呼ぶ銀の鬼。

さっきよりも私を抱きしめるその腕に力がこめられたのが分かる。

必然的に彼の胸に頬を押し付けるような格好になった。






「お前は、お前だ。何も心配することなどない」


「銀緋…」






あの映像を見る度に不安になる胸の内を吐露する私を、いつも銀の鬼は抱きしめながら静かに聞いてくれる。

そして最後にはあんな映像などに惑わされてはいけないと言外ににじませながら、私は私なのだと諭してくれる。

それが不安に揺れる私の心を宥めてくれるのだ。






「あなたがいて良かった…」







父さまや母さまと一緒にいる時にあの映像を見ることがある。

けど、まだ二人にはこのことを打ち明けてはいない。

最近よくぼうっとしている私を心配する二人には何でもないと嘘を吐きとおしているのだ。

心配を掛けたくない、そう思ったから。

だからあの映像のことを知っているのは私以外には銀の鬼だけだ。






「私はあなたに甘えているわね」






父さまや母さまのように銀の鬼に心配をかけたくないという気持ちはもちろんあった。

けどそれよりも私の不安を聞いてほしいと、慰めてほしいと思う気持ちが勝ってしまった。

これを甘えと言わずしてなんと言えるのだろう。






「ごめんなさい」


「何故、謝る?」


「だって嫌でしょう?こんな暗くて訳わかんない話につき合わせる女って」


「お前のことを嫌だと思ったことなど一度もない」






顔を上げ、銀の鬼の顔を見上げる。

出会ったころと同じ、無表情な作り物のように綺麗な顔。

けどあの頃より顔つきが柔らかく見えるのはきっと気のせいなんかじゃない。






「嫌だったらとっくの昔に傍を離れている」






柔らかな光を宿しながら細められた青い双眸。

笑みの形に緩められた口元。

まるで花がほころぶかのような、淡く美しい微笑み。






「……その顔でその言葉を言うなんて卑怯よ」






銀の鬼の胸に顔を押し付け呟く。

暫くは顔を上げられないだろう。

きっとりんごのように真っ赤になっているだろうから。






「卑怯?どういう意味だ?」


「気にしないでちょうだい。こっちの話だから」






銀の鬼と出会って三年…いや、もうすぐ四年の月日がたとうとしている。

あの頃十六歳だった私は、今や十九歳。

もうすぐ…あと数週間ほどで二十歳を迎え、成人となる。

背だって伸びたし、自分ではよく分からないけど父さまや母さまに言わせれば顔つきや体つきも多少変わってきたらしい。

母さまなんて「少女から女になるのね!」なんて言ってた。



そんな風に変化―――成長というべきだろうか―――している私に対して、銀の鬼はまったくと言っていいほどその容姿は変わらなかった。

艶やかな銀の髪は切っているからかもしれないけど、長くも短くもない同じ長さにされたままだし、顔つきや体つきも私が見る限り変わってない気がする。

もっとも、毎日見ていれば劇的な変化でもしない限り気がつかないかもしれないけど。



けど、そんな銀の鬼でも明らかに変わっていることがひとつあった。

それは表情だ。

最初のころはほんとに何の表情も表わさなかったけど、今ではけっこういろんな表情を見せてくれる。

今まであんまり見せてくれなかった分、時折見せられる彼の表情一つ一つが―――例え不機嫌そうなものであっても―――とても素敵に見える。

特に笑顔なんて破壊力抜群だ。

もともと綺麗な顔立ちをしているからかなりの威力があるのだ。

毎回、笑顔を見る度に高鳴る心臓が壊れそうで恐い。

まあ、そうなってしまうのは一重に彼の笑顔のせいだけとは言えないのだけど。






「ほんと、厄介よね…」






銀の鬼の笑顔に胸が高鳴るのは。

どうしようもないほど頬が火照ってしまうのは。






「恋ってのは…」






銀の鬼が好きだと自覚してしまったから。

真名を教えた時に感じた愛しさが恋情だと気がついてしまったから。

だから、私の心は銀の鬼の表情一つに心を奪われる。






「紫黎、何か言ったか?」


「いいえ、何も言ってないわ。でもね…」






銀の鬼への恋心を自覚したのは割と最近だ。

はっきりとしたきっかけがあったわけじゃない。

ただいつものように一緒に過ごし、笑う銀の鬼を見たその時ふと思ったのだ。

ああ、私はこの鬼のことが好きなのだと。

きっと日々共に過ごした時間が積み重なって銀の鬼への恋心となったのだと思う。

昔、母さまが「小さな恋の瞬間が積み重なってひとつの大きな恋になるのよ」と言っていた。

言われた当初は幼くてその言葉の意味が理解できなかったけど、今なら分かる。

初めて恋をしたからこそ、分かったのだ。






「銀緋のことが好きだなあって思ったの」






銀の鬼は一瞬面食らったような顔をした後、静かに微笑んだ。

そしてぎゅっと私の体を抱きしめる。

確かな強さと優しさを持ったその腕で。






「我も紫黎のことが好きだ」






私の好きと銀の鬼の好きは同じようで違う。

私は恋情。

銀の鬼は友情。

きっとその違いに銀の鬼は気が付いていない。






「ふふ、相思相愛ってやつね?」






けど、今はそれでいい。

私の想いはまだ告げる時じゃない。

自覚したばかりの恋心。

初めての恋心。

実るかなんて分からない。

いや、この世界では実らない可能性の方が高い。

だけど、だからこそ大切に今は慈しみたいのだ。

いつか悲しい結果に終わったとしても、初恋としてちゃんと誇れるように。






「…そうだな」


































































私はこの時、幸せの絶頂だった。

優しい両親がいて、好きな人がいて。

不安に思うことはあったけれど、それでも確かに幸せだった。

































だから、ほんの数分後にその幸せが音を立てて崩れるなんて夢にも思わなかった。
















































「紫黎」






柔らかな声。

聞き慣れた響き。

それは大好きな、大好きな人の声。






「父、さ、ま…?」





けどその声は此処では聞こえないはずの声。

そしてその声の主は此処では見えないはずの鬼。






「なんで…此処に…?」




此処は秘密の赤い花園。

私と銀の鬼しか知らないはずの場所。

どうして、そこに父さまがいるの?





「紫黎、前に言ったよね?『秘密はいつか暴かれてしまうものなんだよ』って」






紫の鬼が笑う。

その笑顔に胸が締め付けられたように痛む。

こんな………こんな、笑っているのに泣いているような笑顔があるなんて知らなかった。

知りたくなかった。





「ごめんね、紫黎」





ねえ、父さま。

それは何に対しての謝罪なの?


















































崩壊のきっかけ。

それはいつだったと思う?

何だったと思う?






今なら分かるでしょう。

「ああ、あの時だったんだ」って。






けれどもね。

そのきっかけが訪れたその時には気がつかない。

過ぎ去った後に気がつくの。






だから、崩壊は止められない。

私達はただそれを甘んじて受けるだけ。






ああ、何て情けないのでしょう。


















更新が遅れてしまってすいません(ーー;)

次からはもっと早く投稿できるように頑張ります!

ちなみにあと一話で過去編は終了予定です。





そして気がつかないうちにお気に入り登録してくださってくれている方が増えていて驚きました。

皆さま、本当にありがとうございます!





それから感想をくださった方、この場を借りてもお礼を申し上げます。

ありがとうございます。






どうぞこれからも『籠姫』をよろしくお願いします。

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