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籠姫   作者: 桐龍潮音
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隠した口元



「誰かここに来たな?」




問いかけでありながら断定の言葉。

さすがは王ともいうべきか。

ついさっきまでここに別の鬼がいたことにもう気が付いている。




「はい。金緋さまがいらっしゃっておりました」


「金緋が?」




美しい弧を描く眉を顰め、いぶかしむような表情。

初めて出会ったときは常に無表情だったその美しい顔。

今では時折、感情がその顔に現れる。




「あなたさまが双子だったなんて、驚きましたわ」




現王は銀色の鬼。

それくらいの情報はこの世界にいる者ならば誰でも知っている。

けれど王族というものは概して謎が多い。

同じ鬼であればもっと情報が得られるかもしれないが、人はそこまで情報を得られない。

いや、得る必要が無いというべきか。

鬼にとって人など隷属にすぎない。

鬼が人より上ということ以外、知る必要はないのだ。




「我はあやつと血がつながっているなどとは思いたくもないがな」


「まあ。何故です?」


「あやつは我に王座を押し付けて、己は自由に生きている勝手な奴だ。気に食わない」




まるで玩具を取り上げられた子供のような顔。

本当にここ数年でこの鬼は驚くほど表情豊かになった。

その表情を見せる頻度は少なくとも、まったく表情のなかった昔に比べれば目覚ましい進歩だ。

思わず緩んだ口元を、着物の袖でそっと隠す。




「…紫黎?」


「いえ、何でもございません」




無表情に戻った鬼がじっと私を見つめる。

血のように真っ赤なその瞳が何やら強い光を放つ。

燃え盛る炎のように目映いその光。

何か気に障ることをしてしまっただろうか?




「お前…」




金色の柵を通り抜け、銀の鬼が近づいてくる。

私が捕えられているこの籠は特殊な籠。

私を捕えたこの鬼以外、通り抜けることはできない。




「今、笑ったのか?」




ああ、忘れていた。

鬼は気難しく矜持きょうじの高い生き物。

きっとこの鬼は笑われたことに怒っているのだ。

袖で笑みを隠そうとも、力あるこの鬼の前では意味のないこと。

何もかも見透かされてしまう。




「今、笑ったのか?」




銀の鬼は座り込む私に目線を合わせるようにしゃがみ込み、繰り返し問う。

柵を通してではない、至近距離で燃える赤い瞳。

ああ、何て綺麗。




「…申し訳ございません」




もしかして、私は殺されるのだろうか?

ああ、でもそれならばそれでいい。

むしろ殺されたいと願う心が私の中には確かにあるのだ。









































「…謝る必要などない」




暫くの沈黙の後に零れた小さな鬼の言葉。

あんなに激しい光を宿しながら、そんな言葉を言うなんて。

この鬼は怒っていないということなのか。




「怒ったのでは無いのですか…?」


「怒ってなどいない。ただ…」




不意に、赤い瞳が逸らされる。

微かに歪む綺麗な顔。

躊躇うように伸ばされた腕が包み込んだのは、私の体。




「ただ…お前の笑った顔を見たいと思っただけだ」




銀の鬼の言葉に、思わず目を見開く。

私から自由を奪い去り。

私から大切な人を引き離し。

こんな籠の中に閉じ込めておきながら。

この鬼は私の笑顔が見たいと言うのか。

いや、笑顔が見られると思っているのか。




「我の前でお前は笑うことはおろか、ここへ連れてきてから今まで何の表情も見せなかった」




確かに私は捕らわれてから今に至るまで、感情を殺し、つとめて表情を隠してきた。

でもそうしなければ、私は自分を保っていられなかった。

いっそ保たずに狂ってしまった方が楽だったのかもしれない。


けどそうしなかったのは―――必死で己を保ち続けてきたのは―――自分の矜持を保つためだった。

こうしてここに捕えられすべてをこの鬼に奪われたとしても、心だけは渡さないと。

こんな鬼に乱されはしないと、そう思う矜持を保つためだった。




なのに―――…




「我は、お前の笑う顔が見たい」




銀の鬼の言葉が私の心を震わせる。

ああ、お願いだからもうやめて。

私の心を乱そうとしないで。

殺し続けてきた感情を思い出させないで。




「あの頃のように、笑うお前を見たいのだ」




心の奥底に隠した記憶。

押し殺した思い。

何故、今更思い出させようとするの?




「あの頃のように、我を呼んでほしい」

































































空を飛べぬ悲しさも。

籠に捕えられた憎しみも。

すべて忘れて愛でられるが籠の中の鳥の幸せ。








けれど、それを忘れぬことだけが。

自由に空を飛んでいたあの頃を思い出させてくれる。

ああ、何て皮肉なことよ。








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