訪問者
「ほお、お前があの銀緋の『籠姫』か」
聞きなれぬ声に目を覚ませば、金色の柵の向こうに鬼が一人。
金色の髪に赤の瞳。
見慣れている鬼とは違った初めて見る鬼。
「どちらさま?」
ここはあの鬼が作り上げた入口も出口もない閉ざされた場所。
だからここへ来られるのは力のあるあの鬼だけのはず。
目の前の鬼はどうやって入ってきたのだろうか。
「俺か?俺は金緋。銀緋の片割れさ」
「片割れ?」
「そう。俺と銀緋は共に生まれてきた」
つまりは双子ということか。
ここへ来てもう数年が経つけれど、あの鬼が双子だったなんて今まで知らなかった。
言われてみれば何処となく似ているかもしれない。
声は全くと言っていいほど似ていないけれど。
「では、あなたさまも王族なのですね。赤い瞳をしていらっしゃいますし」
「ああ。そうだ」
鬼は例外なく皆美しい。
そして黒以外の様々な色の髪と瞳を持つのが特徴だ。
けれどその中でも赤い瞳は王族にしか見られない。
赤の瞳は高貴な証。
決して逆らってはいけない絶対服従の色。
「なれば、そのように高貴な方が私などに何用でございましょう?」
ここは王宮の最上階。
王族であの鬼の片割れならば、この鬼もかなりの力を持った鬼であるはず。
だとしたらここまで来れたことも納得ができる。
けれどわざわざ来る場所ではない。
「俺は久しく王宮を開けていてね。風の便りで銀緋が『籠姫』を囲ったと聞いて見に来たんだが…」
あの鬼とよく似た赤い瞳が細くなる。
値踏みするかのように下から上へと視線が動く。
その動きはまるで蛇が体を這いずりまわっているかのよう。
不快感が体中を駆け巡る。
「…お前、『間の子』だな?」
人と鬼との間にできた子ども。
それが『間の子』。
鬼が人を支配するこの世界においてそれは禁忌の子。
本来ならば葬り去られているはずの、命。
「ええ。その通りにございます」
人の子は黒い髪と瞳を持って生まれてくる。
けれど私は髪は黒、瞳は紫といった異彩の子。
一目見れば、禁忌の子だとすぐ分かる。
「銀緋は何故、お前を始末しなかった?それどころか『籠姫』として王宮に囲っているなんて…アイツは何を考えている?」
「さあ?『間の子』で『籠姫』の私は非力な身。すべてはあのお方がお決めになったことにございますゆえ」
「知らぬ存ぜぬということか」
皮肉めいた言葉を投げかけれれても、本当に知らないのだから仕方がない。
私はあの鬼のことなど何一つ知らないに等しいのだ。
それは知りたいとも思ったことが無いからかもしれないけど。
「…そろそろ帰るとしよう。アイツの気配が近い」
解せない表情のまま、鬼が身を翻す。
赤い着物と長い金髪がひらりと宙に舞う。
そして一瞬にして薄れゆくその姿。
「…また来よう」
消えゆく残像と共に響く声。
再会を秘めた別れの言葉。
この鬼はまたここへ来るというのか。
こんなとこへ来ても何の意味もないというのに。
「変な鬼」
こんな半端者の私に興味を持つなんて。
金の鬼も銀の鬼も何を思っているのやら。
やはり、鬼というものは解せないものだ。
「それにしてもあの鬼が双子だったとは驚きね…」
金の鬼の言葉が正しければ、もうすぐあの鬼がここへ来るだろう。
私を捕え、綺麗な金色の籠に閉じ込めたあの鬼。
この世界の王である銀色の鬼。
「紫黎」
音もなく、気配もなく。
不意に目の前に現れた鬼が私を呼ぶ。
『籠姫』なんかじゃない、私の本当の名で。
「今晩は、銀緋さま」
空を飛べぬ悲しさも。
籠に捕えられた憎しみも。
すべて忘れて愛でられるが籠の中の鳥の幸せよ。