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籠姫   作者: 桐龍潮音
12/14

過去―――籠の中の目覚め



今回は、時系列的には過去編『救いの少女』の続きとなる過去のお話です。

父親を殺した銀緋に気絶させられた意識の中で自分とそっくりの少女と会話をしてから目覚めた紫黎のお話です。つまり、籠に囲われた初日の出来事となります。

後半は現在編に戻り、金緋に宥められながら泣く紫黎の心理描写となります。








無表情な銀の鬼の顔を最後に、暗転した世界。






闇が色濃く支配するその世界は目まぐるしく移り変わる。






微笑む父さま――――






駆け寄る私――――






そして銀の鬼に殺される父さまと、殺されかける私――――






そんな私を救うと囁く、私そっくりの幼い少女――――






移ろい行く情景。

激動する想い。

真っ赤な花弁と、真っ暗な闇。






現実から逃げ出した私は少女にすべてを委ね、さらに深い闇へと沈んでいく。

誰もいない。

『私』という存在すらいない。

すべてが混ざり合いそして消えていく闇の世界。

望んだのは、紛れも無い私自身。






もう、どうでもいい――――――






確かにそう思った。

だけど、私は闇の世界から引き戻される。

憎らしくて愛しい、あの冷たさに惹かれて。






「ぎ、んひ……」






そしてあの日、私は目を覚ました。

金色の籠という、残酷な現実の中で。











* * * * * * * * * * *











――――ここは………?






目覚めた場所は、天蓋つきの大きな寝台の上。

ぼんやりとした頭を抱えて体を起こし、軽く辺りを見回す。

天蓋の向こうはよく見えない。





――――あたし…どうしてこんなところに…?






自分が置かれている状況が分からず困惑しながらも、寝台から這い出る。

そして躊躇いがちに数歩踏み出した足の先から伝わってきた柔らかな感触にふと視線を下へと落とす。

その瞬間、思わず息を呑む。






「ひッ…!?」






足元に広がっていたのはどこまでも鮮やかな赤い絨毯。

その色彩に刺激され、あの惨劇を一気に思い出す。

銀の鬼が父さまの心臓を抉り取り、食べてしまったあの惨劇。

この絨毯はその時に父さまが流していた血のように赤くて。

否応なしに思い出されたその事に胸が誰かに捕まれたように痛み出した。

悲鳴は喉に張り付き、呼吸が苦しくなる。






「あ、あぁ……ッ!」






急速に力を失う足。

自分の体重すら支えきれなくなり崩れるようにしてその場にへたり込むと、次は猛烈な吐き気が襲ってきた。

目の前が歪み、赤い色が渦を巻く。






――――大丈夫、大丈夫、大丈夫…!






大丈夫であるはずがないことなど自分がよく分かっている。

けれど呪文のように何度もその言葉を心の中で呟き、口元を手で覆いながらどうにか吐き気を堪える。

何とも言えない味が、口の中に広がる。






――――大丈夫、大丈夫、大丈夫……






どれくらいそうして動けずにいたのか。

閉じることもできずに痛いくらい見開いていた目に映る赤い色が渦巻かなくなり、吐き気が和らぐ。

そうして何とかあの惨劇に蓋をして落ち着きを取り戻したところで、最初に感じた困惑が再び蘇った。






――――ここは、どこなのよっ……!?






いまだ力が入らず立ち上がれないので、へたり込んだそのままの姿で辺りを見回してみる。

まず最初に目に入ったのは、自分が寝かされていた天蓋つきの金色の大きな寝台。

それを中心に丸く広がる赤い絨毯はある一定の距離で途切れ、それ以外は特に家具などの目だったものは見当たらない……というよりも、それ以外は何もない。






――――あれは、何…?






赤い絨毯の切れ目のところに何やら光るものが見える。

恐る恐る這って近づいていくと、そこにあったのは金色の柵。

片手が出せるくらいの隙間で張り巡らされたその柵は赤い絨毯が敷き詰められた丸いこの空間をぐるりと取り囲み、緩やかな円を描くように歪みながら遥か頭上の上の方でひとつに纏められていた。

まるで鳥籠のようなそんな空間に底知れぬ震えが走る。






―――何よ、これ……






そっと触れてみた金色の柵は細くとも頑丈で。

私の体温すら奪おうとでもいうようにひやりと冷たくて。

まるで、私を逃がさないとでも言うように鈍く光る。






――――何なのよ、これっ…!?






金色の柵の向こうに広がるのは、果てのない闇。

一筋の光さえも通さないような漆黒。

まるで、さっきの夢の中のような――――






――――夢?






頭を過ぎった考えにハッとする。

もしかして、目覚めたと思っていたけれど自分はまだ夢の中にいるのだろうか。

もしも…もしも、そうだとするならば。

こんなにも深い闇の中にいるにも関わらず、この金の柵で囲われたこの中だけはっきりと見えることも。

こんなわけの分からない場所にいることも。

全部、「夢だから」という理由でかたが着くのではないか。






――――もしかして今までのことも全部夢…?






全部、全部、夢だとするならば。

銀の鬼が父さまを殺したことも。

自分そっくりの少女と出会ったことも。






ああ、目覚めればすべてはただの悪夢となって元通りになる――――






「目が覚めたか」






不意にかけられた声に、我に返る。

いつの間に現れたのだろう。

目の前の金の柵の向こう、漆黒の闇の中に誰かが立っているようだった。

知らず俯いていた目線の先に真紅の着物の裾が映る。






「だ、れ…?」






ゆっくりと視線を上に上げていく。

目の前に立つ誰かはとても背が高くて、その顔を見るためにはずいぶんと首を上に向けなければならなかった。

ただでさえ、へたり込んだ態勢のままなのでとても辛い。






「我が分からぬと言うのか、紫黎?」






ようやくその顔が見えたその時。

嘲るような声で呼ばれた私の名。






「―――ッ!」






その顔も。

その声も。

ああ、よく知っている。

どうして最初に声を聞いたときに気付かなかったのかと思うほどに。






――――けれど。






「……あ、なた……ぎん、ひ…なの?」


「そうだ」






私が知っている銀の鬼は。

首筋ほどまでの長くも短くもない銀の髪と海のように深く青い瞳を持った鬼。

強いのにどこか儚さを漂わせる、そんな鬼。






「でも、髪が…!瞳だって…!彼とは違うっ…!」






今、私の目の前に立つ鬼は。

腰まで伸びた長い銀の髪と炎のように燃える赤い瞳を持った鬼。

儚さなんてこれっぽちもない、覇気をしなやかに纏った王者のような鬼。






「違うじゃないッ…!」






顔の造りも声も圧倒するような美貌も同じだけれど。






どうしても、同じだと思えない。






「今までお前と会っていたときの我の姿は本当の姿ではない。……まあ、髪の長さと瞳の色を術で変えていたくらいだがな」






驚く私の顔を見て、銀の鬼は酷薄に笑う。

ああ、どうして。

髪の長さと瞳の色が違うだけで。

纏う雰囲気や笑い方さえ、こうも変わって見えてしまうのだろうか。






「こちらが我の本来の姿だ。ようやくこの姿でお前と会えたな」






嗤う赤い瞳。

揺れる長い銀の髪。

纏う圧倒的な覇気。






それが本来の姿だと言う。











それが意味することは――――……











「王、だったの…?」






この世界にいるものならば皆知っている。

今の王は長い銀の髪と赤の瞳を持っていることを。

まさに今、目の前にいる鬼のように。






「ああ」






形の良い唇から零れ落ちる肯定の言葉。

銀の鬼の声はそんなに大きくないというのに。

私の耳にはやたらと大きく響いた。






「どうして…そんなことを…?私を騙していた……ってこと、なの…?」






時折向けたくれた綺麗なあの微笑みは。

私にかけてくれた優しいあの言葉は。

穏やかで幸せだったあの日々は。






――――私が愛したすべては、偽りのあなたが紡いだまやかしだったの?






「……そうだ。すべてはただの暇つぶし。変わらぬ退屈な日々に変化をもたらすためのただの戯れ。それ故、偽りの姿をしていた」


「……なによ、それっ!ぜんぶ、ぜんぶ嘘だったって言うの!?三年もの間、一緒にいたあの時間はすべて嘘だったって!」


「変わり映えのないつまらぬ日々に飽き飽きしていた時、偶々見つけたのがお前だった。今まで関わったことのない人の子とはどういうものか興味がわいてな。王だと分かってしまっては色々と厄介だった故に、姿を変えてお前と接したまでのこと」






ガラガラと音を立てて崩れていく幸せだったあの日々。

そんな何でもないように軽々しく言わないで。

あなたにとっては退屈凌ぎの日々だったのだとしても。

私にとってはそうではなかったのだから。






「もしかして、『銀緋』って名前まで嘘だって言うんじゃないでしょうね…!?真名だって言ったのに!!」


「それは嘘ではない。しかし、真でもない」


「…なによ…それっ!どういうことよっ!!」


「王族である鬼は皆、真名を二つ持つ。お前に教えた名は確かに我の真名だが、もうひとつの真名もあるということだ。ふたつを知らなければ、我を縛り付けることは不可能だ」


「何よ……何よ何よ何よッ!!結局、真名にかけてとか言っておきながら、大したことでもなかったんじゃないのっ!!私の真名はまんまと聞き出して…!これじゃあ縛られるのは私の方じゃない!!あなたを信じた私がバカみたい…!」






涙で視界が滲む。

声が震える。

くやしくて、悲しくて、憎らしくて。

止めどない負の感情に心が痛む。






「紫黎」


「やめてっ!!私の真名を呼ばないでよッ!!」






その低くも甘い声が大好きだった。

その声で『紫黎』と呼ばれることも大好きだった。






でも、今は。






「家へ帰してッ!!あなたの顔なんて見てたくないッ…!声だって聞きたくないわ…ッ!」






その顔で。

その声で。

『私』という存在を捉えてほしくない。






「紫黎」






金の柵の間から伸ばされた冷たい手に顎を掴まれる。

嫌だと首を振って逃れようとしても、まったく振り払えない。

滲んだ視界の中で、銀の鬼の赤い瞳が金の柵越しでゆらゆらと揺れている。






「お前にはもうここ以外に居場所などない」






その言葉に思わず動きを止める。

どこか含みのある言い方だ。

とても嫌な予感がする。






「何言って…私には森の中に家が―――」


「お前が帰る家も、そしてお前を待つ人間もすべて我が滅した」






時が止まったかのような沈黙。

その中で自分の鼓動がやけに早く鼓動を打つ。

それ以外には何も感じられない。






「……めっ、した?」






たっぷりと間を空けて沈黙に落とした疑問。

搾り出すようにして出した声は少し掠れていた。

どくり、どくり、と心臓が鳴る。






「お前の父親も母親も我が殺した。家も、焼き払った」







目の前が。

涙で滲んでいた目の前が。

ぐにゃりと歪んで見えた。






「こ、ろ、し、た?」






ああ、どうか。

どうか夢だと言って。

これは悪い夢だと。

目覚めれば終わる、悪夢だと。






「ああ。お前にはもう我しかいない」






無情に告げられたその言葉に。

返す言葉なんてなかった。

いや、返すことができなかった。






あまりに残酷な衝撃に。






「ここは人の娘を囲う、王の籠」






声が出ない。

頭が働かない。

ただ、目の前で赤の瞳を燃やす鬼をぼんやりと見ることしかできない。






「紫黎、お前を我の『籠姫』としようぞ」






目の前の鬼が何を言ってるのか分からない。

すべての感覚が失われて、何も理解できないし感じられない。

ただ人形のように虚ろな視線で赤い瞳を見つめる。






「この籠の中で、我を楽しませる従順なる『籠姫』となるのだ」











弓なりに細められた赤い瞳が、爆ぜる。







さらりと揺れた淡く輝く銀髪の向こう。







歪められた薄い唇から、鋭い歯が覗く。











「せいぜい、死ぬまで可愛がってやろうぞ」





















銀の鬼の言葉が理解できたのは。

彼が去ってから随分と経ってからのこと。

せきとめていた水が流れ出すように、すべてを理解した私は。





















「う、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!」





















気が狂ったように泣き叫んだ。

今まで上げたことのないような声を上げて。

枯れ果てるまで涙を流し続けた。











「出せええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッ!!!」











どれほど叩いても。

どれほど縋りついても。

金の柵はびくともせずに、私の世界を切り取った。










* * * * * * * * * * * * * * * * *












あの日、この金の籠に連れてこられた日。

最後の最後で狂い切れずに残った一欠けらの理性と矜持。

それを守るために、銀の鬼が望んでいるのであろう従順な籠姫を演じることにした。

いつ来るのかもわからない終わりが来るその時まで。

二度と銀の鬼になど心を許さないように。

敢えて屈服したかのように演じ続け、心を閉ざしてきた。






それなのに。






――――私はあの日と同じように大声を上げて泣いている…






二度と心を開かぬと決意したあの鬼の片割れの腕の中で。

私はあられもなく子供のように泣き喚く。

なんて愚かなことを。

そう思う心も確かにある。






――――だけど、気が付いてしまった…






あの日と同じように泣き喚いていても。

流している涙の意味は違うということに。

あの日流したのは絶望と憎しみの涙。

今、こうして流しているのは恋しさの涙。

同じように泣き喚いていても、私の心は同じではない。






――――ああ、やっぱり私は愚かな女だ…






父さまを殺されても。

母さまを殺されても。

穏やかな世界を奪われても。






――――どうして私を抱きしめるこの腕が銀緋のものじゃないんだろう、なんて思っている…






私はあの銀の鬼を憎み続けられなかった。






私は愚かにもあの銀の鬼を、愛し続けていることに気づいてしまったから――――……
























































































美しい囀りを持つ小鳥は。

羽を奪われ。

巣を奪われ。

愛しい家族を奪われ。

金色の籠の中に捕えられた。






捕えられた憐れな小鳥は。

増悪と悲哀の歌を囀って。

捕えたあの人が望むまま、紛い物の歌を与えた。











しかし、小鳥はやがて気がついてしまう。











嗚呼、自分に残っているものは。






この美しい鳥籠と。






閉じ込めたあの人だけなのだということに。











そうして小鳥は囀る。











愚かで儚い、愛の歌を。























恐ろしいほど更新していなくてすいません(>_<)

こんなに更新の間隔が空いてしまっているのにお気に入り登録をしてくださっている方々には本当に感謝してもしきれません!!

ありがとうございます!!そして本当に遅くなってしまってすいません!!





この物語は過去と現在が交差するように書いているため、少々分かりにくいかもしれません。

そこは作者の技量不足なので本当に申し訳ありません。

もしも分からないことなどありましたら、お気軽に質問してください!





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