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籠姫   作者: 桐龍潮音
10/14

幕間   宵の秘め事


今回は紫黎が過去の記憶に沈んでいた時の銀緋の様子を第三者的目線でお送りします。

後半部分は紫黎の心理描写です。












金色の籠の中。

銀髪の鬼が抱くは黒髪の女。

月明かりに照らされた闇が二人を取り巻き、ゆるりとした時が流れる。






「紫黎……」






女の名を呼ぶ銀の鬼の声が緩やかな静寂の中に響き渡る。

普段は何の表情も浮かべていない銀の鬼の端正な顔は迷い子のように歪み、美しい真紅の瞳は消えかかりそうなともしびのようにゆらゆらと揺れひどく儚い。






「紫黎……」






抱きしめられている女には銀の鬼の表情は窺えない。

けれどその悲痛さが滲んだ声と、彼女を抱きしめる腕から伝わる微かな震えから銀の鬼が何を望んでいるのかを、女は容易に想像することができた。







できたからこそ女は薄く嗤った。






「馬鹿な鬼」






凛と澄んだ女の声が銀の鬼を嘲る。

その瞬間、銀の鬼は勢いよくその胸から女の細い体を引き離した。

銀の髪と漆黒の髪が仄暗い闇の中で刹那の風にひらりと揺れる。






「……………貴様、紫黎に何をした?」






僅かな沈黙の後、地を這うような低い声で銀の鬼が女に問う。

さっきまで頼りなく揺れていた真紅の瞳に今や燃え盛るような紅蓮の炎を灯してこちらを睨みつけてくる様子を女は微かに目を細めおもしろそうに見つめた。






「あらまあ。さっきまでとは随分と雰囲気が違うのですね。恐い恐い」


「我の問いに答えろ。紫黎に何をした?貴様の力は弱まっているはずだ。なのになぜ表に出てこられた?」






銀の鬼の言葉に女はくすくすと笑い声をあげる。

幼く無邪気な笑い方なのに何故だか見ている者の背筋に薄ら寒さを感じさせるその笑い声は、仄暗い闇の中に密やかにこだまする。






「おかしなことをおっしゃいますのね。紫黎ならほら、あなたの目の前におりますでしょう?」






小首を傾げながら女は微笑む。

柔らかそうなその唇はべになどひいていないのに紅く艶やかに輝いていた。

幼い仕草にそぐわぬ艶めかしい微笑みが妖しいほどの色香を辺りに漂わせる。






「貴様など紫黎ではないッ!!」






常人ならば酔わされてしまいそうな女の色香などものともせずに、銀の鬼が声を荒げる。

眉間には皺が寄り、瞳に宿る紅蓮の炎が激しく爆ぜる。

それは紛れもなく人間が恐れる鬼そのものの表情だった。






「そう怒鳴らないでくださいな。私は嘘などついていないのですから」






憂いながら女はわざとらしく溜息を吐く。

その溜息にすら漂う、妖艶な色香。

甘い蜜のようにどろりと辺りの雰囲気を濁らせる。






「確かに私はあなたが愛する紫黎・・・・・・・・・ではありませんわ。でも私も紫黎であることに変わりはないのですよ」






長い睫の下からのぞく深い紫の瞳。

その瞳が真紅の瞳を真っ直ぐに射抜く。

微かな嘲りを伴って。






「あなただって私たち・・・と初めて出会った時からそのことは分かっていたはずでしょうに」






ぎりり、と銀の鬼が奥歯を噛みしめる。

それが肯定の意だとはお互いに分かっていた。

だから女は艶やかに微笑んでさらに言い募る。






「心配しなくてもあなたが愛する紫黎・・・・・・・・・は消えていませんわ。今は眠っているだけですもの。あなたが笑ってほしい、名前を呼んでほしいなんてことおっしゃるからあの日のことを鮮明に思い出してしまったんです。あなたが私たち・・・の父親を殺した、あの日を……ね?」






女の言葉を聞いた銀の鬼の顔がさっきまでの険しい表情から一転して、深い悲しみと苦痛に歪む。

そして何かに耐えるように唇を強く噛みしめた後、女の顔から目を逸らし俯く。

その様子を見ながら女は歌うように言葉を続ける。






「あまりに可哀想だから私、あの日のようにあの子に語りかけたんです。私にすべてを委ねればその苦しさから救ってあげると。そしたらあの子、あの日と同じようになんの躊躇いもなく私にすべての意識を委ねて眠ってしまったんですよ。あなたがあの子に負わせた傷は今だに………いえ、これから先も癒えることなどないのでしょうねえ」


「黙れっ!!貴様という存在があったからこそ我はあのようなことをしなければならなかったのだ!!貴様さえ……貴様さえいなければ……!」






勢いよく顔を上げ、銀の鬼は叫ぶ。

荒々しい怒りを露わにした叫びは、しかし泣いているかのように震えてもいた。

その叫びを一身に受けてもなお少女は相変わらず微笑み続けていた。






「あなたがあの子の傍に居続ける限り、あの子は私という存在に頼るのでしょうね。あの日に負った苦痛から逃れるため、私という存在にすべてを委ねようとして。だからこそあなたに力を弱められている私がこうして表に出てこれるのですわ」






白くたおやかな女の手が銀の鬼の頬に触れる。

そしてその陶器のような頬をするりと撫でた。

慈しむように、宥めるように。






「いずれ私があの子を取り込み、私たち・・・はひとつになるのが定め」






女は優しい声音で語りかける。

銀の鬼への絶望の言葉を。

聞きわけの無い幼子に言い聞かせるようにゆっくりと。






「それを覆すなんてこと、いくら王であるあなたでもできはしないのですよ」






嗤う瞳。

嗤う唇。

嗤う心。

女のすべてが銀の鬼を嗤う。






「………我は諦めぬ。例え今以上の苦しみを紫黎に与えることになろうとも、必ずやお前の存在を紫黎の中から消してみせる」






嗤う女の瞳を真っ直ぐに見つめ、銀の鬼は呻くように宣言する。

その紅き瞳は強い意志を秘めて輝き、迷いなど欠片もない。

しかしその輝きの中には深い悲しみも混ざっていた。






「ふふ、頑固な方ね」






女は愉快そうに体を嗤いで震わせる。

ひとしきりそうした後、女はおもむろに銀の鬼に抱きついた。

そして耳元に口を寄せ、そっと囁く。






「今はあなたの頑固さに免じて私は大人しく眠りにつくことにしましょう。けれど覚えておいてくださいな。あなたがどんな手を尽くそうとも私たち・・・の定めは変えられはしないのです」






ぶつり、と女は鋭く尖ったその歯を銀の鬼の首筋に埋める。

そして流れ落ちた赤い血をその舌で丁寧に舐めとった。

白い肌を這う紅い舌。

その光景はひどくおぞましく、そして美しくもあった。






「時が満ち私が力を手に入れたその時は、真っ先にあなたを殺してさしあげますわ」






そう言って、女は意地の悪い微笑みを浮かべながらその瞳を閉じ、眠りにつく。

急速に力を失う女の体。

銀の鬼はしな垂れかかるようにして腕の中におさまった女の体を抱きあげ、そっと寝台に横たえた。






「紫黎……」






混沌とした眠りにつく黒髪の女。

その名前を呼ぶだけで。

その姿を思い描くだけで。

泣きたくなるほど切ない愛しさを銀の鬼に抱かせる、唯一の存在。






「すまない………」






寝台の横に膝まづき、銀の鬼は今にも泣きそうな儚い表情で女を見つめ、懺悔する。

それは懺悔と言えども、応えなど、赦しなど求めてはいけないもの。

女に心底憎まれても、赦しを求めそうになる心を殺しすべてを黙し背負うこと。

それが銀の鬼があの日・・・に犯した罪に対する己で決めた罰であった。






「すまない………」






だからこそ銀の鬼は女が眠っているその時だけただひたすらに懺悔する。

眠りにつき意識の無い時ならばどんな言葉も女には届かない。

届かないと知っていれば応えや赦しに対するいらぬ期待をしなくていい。

ただ、思いのままに言葉を紡ぐ。

そうすることで己が犯した罪をまた背負っていく力が得られることを、銀の鬼は知っていた。






「紫黎、我は」






そして、銀の鬼は幾度も繰り返す懺悔の後にたった一言女に向かって囁く言葉がある。

その言葉は懺悔以上に女には告げてはいけない言葉。

銀の鬼が最も女に聞いてもらいたいと願いながら、決して告げぬと決めた想いをこめた言葉。






「         」






銀の鬼はその言葉を囁いてからそっと女の手を離し、寝台から離れる。

そして名残惜しむかのように女を見つめた後、ひらりと衣を翻し踵を返しながら柔らかな闇の中に消えた。






後に残るは静かに眠る女ただ一人。





















































































































いつも気がつけば闇の中。

右を見ても、左を見ても。

前を向いても後ろを向いても。

あるのは漆黒の闇だけ。






そもそも私は目を開けているんだろうか。

それとも閉じているんだろうか。

わからない。

わからないけど、どっちにしたって闇しか見えないのかもしれない。

だったらどっちだっていい。

もう、どうでもいい。





私という存在すら認識できない深い闇。

その中で私は闇の一部になる。

恐いという感情も。

寂しいという感情も。

確かにあるのだけれども。

それすらも気がつかないふりをして、ゆっくりと闇に溶けていく。






何も見えなくていい。

何も感じなくていい。






だって何も考えたくないから。

考えてしまったら思い出してしまうから。

嫌な記憶。

悲しい記憶。

そんな記憶を持つ私という存在なんてなくなってしまえばいい。

消えてしまえばいい。

そうしたらもう二度と辛い思いはしなくてもいいから。






だけど、あと少しで完全に闇に溶けこめるというその時。

いつもいつも感じる冷たさがある。

ひんやりと優しく包まれるような感覚。

冷たいのに、どこか温かいその温度。






懐かしく、愛しいその冷たさ。

これはあの人のものだろうか。

この世で最も憎く、最も愛しい、あの人の………






どんどんと遠のいていくその冷たさ。

思わずその名残を追いかける。

憎いから追いかけて詰ってやりたいのか。

愛しいから追いかけて縋りつきたいのか。

わからないけれど、追いかける。

あの冷たさを……あの人を求めて。







そうして、いつの間にやら私は闇から抜け出し目を覚ます。

追いかけた冷たさが微かに残る手を握りしめ、辺りを見回す。

思い描いたあの人を探して。






けれど、金色の籠の中にはただ一人。

捕らわれた『籠姫』である、私だけ。

追い求めたあの人は、何処にもいない。






そんなことわかっていた。

わかっていたはずなのに。






「……ぎ、ん…ひ……」






憎らしくても。

愛おしくても。






結局、私はあの人を想い泣いてしまう。






















かなりお久しぶりの更新です。

読んでいてくださっている方々、毎度毎度遅くなってしまって本当にすいません(>_<)




次話から物語はまた新しい局面に向かっていきます。

次こそは!次こそはなるべく早く更新できるように頑張ります……!




厚かましいお願いだとは思うのですが、良かったら感想・評価などもよろしくお願いします!






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