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でも僕は、水中で長くもがく必要はなかった。
白い泡に包まれ、巨大な船体が起こす強い波にもまれたが、それでも15秒とたたないうちに、コバルトの腕の中に抱かれていたから。
もちろんその間、息を止めていなくてはならなかった。
だがコバルトは準備をして、潜水服のヘルメットをあらかじめ開けてあった。
僕の体をその中に手際よく放り込み、ヘルメットを閉じると、すぐに内部は空気が満ちて、呼吸できるようになった。
「おかえり」
でも想像がつくだろうけど、あんな経験をした直後なんだ。僕には返事をする余裕なんかなかった。
ふうふうと息をついているだけ。
「お前の腹部にあるのは、これまた見事な内出血の跡だな。靴を履いた足で蹴られたのか? 靴底の模様がはっきり残っている」
コバルトの超音波の高性能ぶりには、僕も舌を巻くことがある。
「……」
「言うなトルク。ここからがお楽しみだから」
僕はまだ一言もしゃべってはいないのに、コバルトは何もかも察していたのだろう。いかにも嬉しそうにニンマリと笑っているじゃないか。
やっと僕は口をきく気になった。
「お楽しみって、何をするんだい? あれは海軍じゃない。陸軍の輸送艦だった」
「そんなことだと思った。まあ見ておいで」
「何を?」
「陸軍か、いい響きだな。お前をこんな目に合わせた連中を、私がほっておくわけがなかろう?」
「だめだよ」
「お前は真面目すぎるぞ。世の中に仕返しほど面白いものはないのだから」
「だけど……」
それ以上の言葉を僕が思いつけないでいるうちに、コバルトは行動に移っていた。
尾を盛んに動かし、すでに輸送艦からは数百メートル前方に出ていたのだが、まず僕の体をつかんで、潜水服ごと自分の背中にまわしたんだ。
ランドセルの影になり、僕のことは前からは見えなくなる。
そしてコバルトは振り返り、輸送艦の方向を向いて、なんと水面に姿を見せたんだ。
しかし海は広い。
しかも輸送艦までは距離がある。そうそうすぐには発見されないだろう。
「コバルト、そんなことしたら……」
でもコバルトの左手は僕をしっかり捕まえ、身動きもままならない。
ヘルメットの金具を押さえられているので、潜水服からも抜け出せないまま、僕は見ているしかなかった。
すると……、
フイーッ。
自由な右手を使い、コバルトは鋭く指笛を鳴らしたんだ。




