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艦長の号令一下、準備はすぐに整った。
今の僕に見えるのは、白く波立つ海面だけ。
船の動きに合わせてザブンザブンと揺れ、船腹にぶつかっている。
ときどき水しぶきが僕の顔にかかるが、それも無理はない。
僕は頭を下に、まるで洗濯物のようにぶら下げられ、しかも
上下逆さまになっていたんだ。
つまり逆さづりだ。
僕の足首を男たちがつかみ、甲板から外へ向かって吊られている。
もちろん筋肉隆々の男たちだが、これを拷問と言わなくて何だろう。
「おいストロベリーのガキ、しゃべる気になったか?」
艦長のダミ声が足元から聞こえてくるが、嬉しそうに笑っていやがる。
僕を吊り下げている男たちも、嫌々やっている風ではない。
「いい加減、白状しろよ。俺たちも手が疲れてきたぜ」
「そうだぜ。強情を張ると損だぜ」
だが僕は、彼らがまったく予想していない行動をとった。
その状態のまま、足を激しく動かして暴れたんだ。
「おいやめろ。手が離れちまうぞ」
そして、その通りのことが起こった。
とっさに力を入れ直したのだろうが、一人の指が滑って僕の足首から離れてしまい、つかみ直そうとするまでほんの一瞬のことだったが、もう一人の手もそれまで待てなかったのだ。
「あっ」
「くそガキめっ」
彼らは好きなように悪態をついたろうが、そのときには僕は落下を始めていた。
空中を落ちてゆき、海面に飲まれるまで、ほんの一瞬でしかなかった。




