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そしてここで、僕は2回目のミスをした。
なにげなくとしか言いようがないけれど、僕は艦長の胸にある名札をのぞき込んだんだ。
『H・ボガート大佐』とある。
まさかハンフリー・ボガート?
僕はとっさに艦長の顔を眺め直したが、映画俳優には全く似ていない。
僕は表情を隠していたつもりだが、もちろんすべてバレていた。
艦長の表情が変わった。ヒゲは長いなりにまだ海軍士官らしかったのが、一瞬で海賊船の船長のようになったのだ。
「ボガートはボガートだが、残念ながら俺はハンフリーじゃねえんだ。ハンニバルだよ」
考えてみればボガート大佐は、その名前をこれまで何回も冗談のネタにされてきたのだろう。
いい加減うんざりしていたに違いない。それに気づかない僕が馬鹿だった。
艦長の表情がさらに険しくなった。
「どういう理由で、お前はこの船の入港を阻止したがるんだ? 貴様、この船が何を輸送中なのか知っているのだな」
あとはもう、あらがいようがなかった。体の大きな乗組員たちによって、僕はあっという間につかまえられてしまったんだ。
「貴様は日本のスパイだな」
両腕を背後から締め上げられ、僕は身動きもできない。
少しは冷静そうに見えた副長までが、
「艦長、日本でなくても、海軍から送り込まれてきたのかもしれませんよ」
と来た。
「違う違う。僕はただ……」
「ならば、その機雷の存在とやらをどうやって知ったのか、説明してもらおうじゃないか。ゴムボート1隻で何ができる?」
「海軍では、ストロベリー隊員に対して質問をすることは……」
僕の言葉が途中で止まってしまったのは、艦長に腹を蹴られたからだ。
「言えよ。言ってみろよ。お前の正体は本当は何者なんだ? ストロベリーがどうだかというおとぎ話は、陸軍には通用しないぞ」
それでも僕は話すわけにはいかなかった。
突然頭の中にコバルトの姿が浮かんできて、コバルトならばこのピンチをどうやって切り抜けるだろうと思ったけれど、意味はない。
僕はサイレンではない。
コバルトのやつ、今頃は海底でイカでも食ってるんだろうなと、逆恨みのようなことまで考えた。
「おい一丁、頭を冷やしてやれ」
艦長は何やら思いついたようでニヤニヤ笑いを浮かべ、乗組員たちに命じた。
「どうするのです?」と副長。




