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コバルトの口から次にどんな言葉が飛び出すか、誰にも予測できるものじゃない。
乗るべき正しい海流を発見したのだろう。尾を動かすのをやめて2分もたたないうちに、こんなことを言った。
「お前はハンフリー・ボガートには似ていないな」
コバルトが急に映画俳優の話を始めたのには理由がある。
月に一度のペースだが、地下プールでは映画の上映会があった。
地元の映画館からフィルムを借りてきて、はやりの映画を映写していたんだ。
これもサイレンたちとの契約で、福利厚生の一環と考えられていた。
「あんただって、グレタ・ガルボじゃないじゃないか」と僕は言い返した。
「ふん」
という返事が返ってきたが、僕は違うことを考えていた。
正直に言うと、コバルトはグレタ・ガルボよりもずっと美人だと思う。口にはしなかったけれど。
その30分後、
「耳カジリ、そろそろ目的地に到着するぞ」
「目的地って?」
「パールハーバー南東の沖合に『よどみ』と呼ばれる海域がある。海流の関係で、ここには漂流物が流れ着くのだが、やって来た漂流物はここで円を描き、動物園のクマのように同じところをクルクルと回り続ける」
「海のゴミ捨て場みたいなものだね」
「まあな。ところがそれが最後ではなく、その後、また別の海流に乗って、今度こそ遠方へと運び去られるのさ」
「へえ」
「それでトルク、機雷を発見した後の作戦は、どうなっているのだね? まさかお前が解体するのではあるまい?」
「海にペイントを流すんだよ。いま上空には、広範囲に哨戒機が出てる。海面にペイントを発見した哨戒機が無線連絡して、掃海艇を呼び寄せるんだ」
「ふうん」
僕にはいい作戦と思えたが、コバルトはなんだか浮かない顔をしているのだ。
「だがトルク、そんなことをしている暇はなさそうだぞ」
「なんで? まだ機雷を発見してないよ」
「ちょうど今、よどみの方角へ向けて航行している船がある」
「機雷に接触する?」
「それは分からないな。ただ、いつ接触しても不思議はない……。あれは輸送艦だな」
双眼鏡を取り出して、僕は眺めた。
まだ水平線のかなただが、レンズの中に浮かび上がったのは、なんだかさえない形の物体だった。
そこそこの大きさをした船であることは間違いないが、なんだか四角すぎて、いかにも安っぽい感じがする。
設計にも工作にも手をかけていない。
もっとも輸送艦など、物を積んで浮かびさえすればいいのだが。
「軍の輸送艦だね」と僕は言った。
「あの安っぽい灰色はな。パールハーバーを目指しているようだ」
「じゃあ軍の輸送艦で間違いない。今すぐ進路を変えさせないとまずい?」
コバルトは、じろりと僕に視線を走らせた。
「実は先程から、私の耳は機雷の存在を探知しているのだよ。水中の音波をこれだけかき乱すとは、かなり大型のやつだな」
「湾口防衛のかなめとして設置する予定だったんだって」
「それがドンブラコと漂流中か」
僕はしばらくの間だまっていたが、やがて考えを決めた。
よく人から言われることだけれど、いいにつけ悪いにつけ、僕は決断だけは早い。
「よし決めた」
「何を?」
というコバルトの声に疑念の色が感じられたのは気のせいか。
「なあトルク、何をするつもりか知らんが、お前はいつも真面目すぎるぞ。よした方がいいと思うがね」




