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「出かけるって、こんなに遅い時間から?」

 従姉はいぶかしげな顔をしたが、上着を着た祖父と一緒に、僕は家を出た。

 家の前には海軍の公用車が駐車しているが、祖父は運転手に軽く手を振るだけで済ませた。

 真夜中近い道路を、僕と祖父は並んで歩き始めたんだ。

「そうだトルク、好奇心から質問するのだが、サイレンはみな海の事物にちなんで命名されているのだろう? 例えばリリーはウミユリだし、スターはヒトデから。だがコバルトだけは、どうしてコバルトなのだね?」

「サイレンたちの名前をどうして知ってるんです?」

「わしだって提督さ。機密情報に近づく資格はある」

「それは……」

 僕は口を開きかけたが、すぐに気を変えた。やっぱりこれは裏切りになるんじゃなかろうか。

「……その理由は話せないよ」

「なぜだね?」

 と僕を見つめるが、祖父は怒っている風ではない。

「その話題はコバルトが嫌うんだ。お祖父さんの耳に入れて、それがどこからどう漏れて広がるか分からない」

 フフフと祖父はおかしそうに笑った。

「まあいい。きくまいよ。恋人たちには秘密が必要さ」

「そんなんじゃないよ」

 僕は一応否定したが、自信を持って否定したわけじゃない。あのジャジャ馬は僕の恋人なんだろうか。

 それ以上は言うこともなく、僕と祖父は歩き続けたが、川が見えてくるまで、いくらもかからなかった。

「こっちだったかな?」

 土手を駆け下り、草の生えた川原を歩き始めたが、そのとき聞こえてきた。

「助けて助けて……」

 暗闇に子供の声が叫び続けているんだ。

 僕は祖父を振り返ったが、反応は祖父の方がよほど早かった。

「トルクあそこだ。子供がおぼれかけている」

 祖父が指さす方向へ、僕は駆け出した。

 月のある夜だったのはラッキーだった。流されてゆく小学生ぐらいの男の子を、僕はすぐに捕まえることができた。

「ほら、もう大丈夫だよ」

 男の子は泣いているが、祖父がなだめてやっている。右手に釣りざおを握りしめているから、親の目を盗んで、こんな時間に一人で釣りに来ていたのだろう。

「トルク、散らばっている釣道具を集めてやってくれ」

 その通りにして手渡すころにはもう泣きやみ、男の子はしゃくりあげるだけになっていた。

「もういい。帰る」

 5分後には、僕と祖父は男の子の背中を見送っていた。家はごく近いと言うので、送ってゆく必要までは感じられなかった。


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