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従妹の言うことは本当だった。
足を絡ませるようにして僕は居間へ駆け込んだが、そこで平気な顔をしてソファーに座っているじゃないか。
ロッド提督。
軍服姿ではあるが、今は上着を脱いでしまっている。何でもないのに、フフフと含み笑いをするクセがある。
「おやトルク、ふふふ、犬も歩けば棒に当たるじゃないか」
「まさか僕を逮捕するために待ってたんじゃないよね。軍法会議は嫌だよ」
「敬礼なんぞしなくていい。コバルトとはうまくやっておるか?」
「そのコバルトが……」
「スパイ容疑がかかっているのだろう? わしも聞いて驚いた。ワシントンから飛んできたのだよ」
「コバルトは無実だよ」
「それは知っているさ。これまでの経歴と活躍から見て、スパイ容疑などあり得ない」
「でも……」
祖父は、手を左右に振って押しとどめた。
「火のないところに煙が立っているわけではない。ふふふ、まあお前になら教えてやってもよかろ」
「なんです?」
祖父はゆっくりと話し始めた。
「アメリカ国内にも日本のスパイが何人か入り込んでいることは、お前も知っていよう?」
「たぶんそうでしょうね」
「先日、その一人が逮捕されたと思ってもらおうか。そいつが供述することにゃ、日本からの最新の指示はなんと『コバルトとは何を意味するコードネームなのか探り出せ』だった」
「まさか」
「事実なのだよ。問題なのは、コバルトという言葉に、なぜ日本が突然注目したのかということさ。誰かが何かを教えたに違いない、と疑う連中も現れる」
「それってもしかして、ゴースト退治の大作戦が失敗に終わったことも関係してません?」
「ツンドラ少将か? そういえばコバルト・スパイ説は、ツンドラも熱心に主張しておったな。何の恨みがあるのやら」
ここで僕が、先日の査察騒動を祖父に話して聞かせないはずがない。
祖父の目が光った。
「ははあツンドラのやつ、そういう私怨があったのか。汚名というか、かかされた恥を何としても復讐したいのか」
「だけどお祖父さん、疑われるには、コバルトの側にも理由があるんだよ」
ここで僕は、例の『コバルト参上!』のことを話した。
すると祖父は天井を向き、大きな声で笑い始めるじゃないか。
「ハハハ、それはまた愉快な話ではないか。日本人たちがどういう顔をしたのか見たかったね」
「でも……」
やっと笑い終え、目から涙までぬぐって、祖父は静かな声を出した。
「まあいいトルク、後のことはわしに任せるんだ。事情が分かった以上、コバルトの無実は晴らせたも同然だ」
「本当に?」
「わしだって提督の一人さ。作戦部には話を通しておく。お前とコバルトは基地に戻っていいぞ」
「ふうう……」
この時の僕の顔がおもしろかったのだろう。祖父は機嫌よさそうにもう一度笑った。
「それはそうとトルク、いまコバルトはどこにいるのだね? まさかこの家の前で待たせているのではなかろうが。ふふふ、駐車違反の切符を切られるぞ」
と祖父はまたひとしきり笑った。
「ううん、この少し向こうに川があってね、コバルトはそこで待ってる。海からさかのぼってきた。あっそうだ、早く帰らないといけないんだ」
「そうだろうな。サイレンは淡水にはなじまない。だがいい機会だ。わしをそこへ連れて行ってくれ。ちょっくら挨拶をしておこう」




