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僕たちがついにストロベリー基地近くへ到着したのは、再び日が暮れた後のことだった。
敵であろうが味方であろうが、とにかく誰かに出会うことを警戒しながらだから、まっすぐには進めなかったんだ。
もうとっぷりと暗く、水面に顔を出しても、星空以外は何も目に入らない時刻だ。
先ほどからスピードを落としているので、コバルトはあの沈没船を探しているのだ、と僕は気が付いた。
まったくそのとおり、やがてコバルトは完全に静止し、両手を前に伸ばしたようだ。
僕の手も鉄の肌に触れ、ライトをつけると、見覚えのある錆びた船腹だ。
「こちら側が右舷だな」
とコバルトがつぶやく。
「何さ? この沈没船がどうかしたのかい?」
「互いの身に何か変事があった時のために、ここを臨時の連絡用掲示板にする、と以前からリリーと取り決めてあったのだよ」
「へえ……」
超音波を集中して、コバルトは鉄板の表面に焦点を合わせているようだ。
僕の耳には何も聞こえないが、それでもかすかな振動を体に感じることができる。
待ちくたびれ、僕は口を開いた。
「読めた? 何が書いてあるんだい?」
「ああトルク、危険をおかして来たかいがあったぞ」
「内容は?」
「お前の祖父とはどういう人物だね?」
突然コバルトが変なことを言い始めたが、僕の関心はもちろん別のところにある。
ライトをつけて、コバルトが読み取っていたらしいあたりを照らしてみたんだ。
たしかに文字が書かれているようだ。だが読むことは不可能かもしれない。
意味を取るどころか僕の目には、並んでダンスする巻貝のような模様が見えるだけだ。これがサイレンの国の言語であるらしい。
「ねえコバルト……」
「お前の祖父だ。ロッド提督とはどんな人物だね? 生粋の軍人風な男か?」
「そうじゃないよ。田舎のおじさんという感じ。軍服を着ていなければ、とても軍人には見えない」
「それがどうして提督にまでなった?」
「本人も言ってたけど、なんとなく軍人になったら、色々とラッキーなことが続いて、気がついたら提督だったんだって」
「なかなか見どころのある人物のようだな。それでもトルク、お前が軍人になるきっかけを作った老害なのだろう?」
「そうかもね」
「だがとにかく、お前と私を引き合わせてくれたという意味では感謝しておこうよ……。ところで以前、イトコだか誰だかがこの近所に住んでいると言ってなかったか?」
「従姉だよ。少し年上だけどね。結婚して、この近所に越してきた。亭主が海軍軍人だから」




