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だけどこの日の僕は、よほど悪い星の下にいたらしい。夜が明けた頃、コバルトが言い始めたんだ。
「もう1隻、船の音が聞こえるぞ」
「日本の潜水艦かい?」
「いや、航行音がまったく違う……。おやおや、あれは懐かしのスコーピオンだぞ」
「本当に?」
「奴らめ、お前と私を見失ったことを司令部に報告して、逆鱗に触れたらしいな。まだここらをウロウロしているということは、帰港を許可されなかったのか」
「『見失っただと? 見つけるまで戻るな』と言われてるんだね」
「いい気味だが、笑ってばかりもおれんぞ」
「なんで?」
「ちょっと待て」
次にコバルトは、少し意外な行動をとった。深度を浅くし、水面から頭を突き出したんだ。
「何が見えるんだい?」
潜水服は重く、着用したままでは、僕は水面に頭を出すことができない。出せたとしても、コバルトの視力にはかなわない。
「おやトルク、面白いぞ」
「何さ?」
「1キロばかり向こうで、スコーピオンが攻撃を受けている。日本の偵察機に発見されたな」
そう聞かされては、僕はじっとしておれなかった。
ヘルメットを押し上げ、急いで潜水服から飛び出し、双眼鏡をひっつかんだんだ。
たしかにコバルトの言う通りだった。ザマを見ろという気は僕もするが、濃いグリーンに塗られた飛行機が1機、水面を縫うように飛行している。
それがスコーピオンに向かい、機銃掃射をしているようなのだ。
ここまで音は聞こえないけれど、火薬のにおいが鼻に届き、水しぶきが顔にかかるような気までする。
「スコーピオンに勝ち目はないよね」
「しょせん、ただの魚雷艇だからな」
「助ける?…… なんて不可能だよね……」
「もしも私が対空機関砲であれば、あるいはな」
日本軍機に乗るのはしつこいパイロットのようだ。2度、3度と方向を変え、スコーピオンの上をかすめるように飛行するのだ。
そのたびに機銃の引き金を引いているに違いない。
弾丸を受け、ついにスコーピオンが燃え上がるのが見えた時、僕は心臓をギュッとつかまれたような気がした。
友軍の影もないこんな大洋の中央だ。敵の目前で船を失うとは、どんな気持ちがするものか。
ところがコバルトは違うのだ。右のこぶしを水面に大きく突き出しているじゃないか。
「ヤッホー、大日本帝国に栄光あれ」
今度こそ僕は、心底あきれてしまった。
「……」
「どうしたトルク、私の発言が気に入らんのか?」
「別に……」
「私を疑っている連中に、なぜ情けをかけてやる必要が……おいトルク、すぐに潜水服に戻れ」
コバルトの声音が突然変わったのだ。その緊張をとっさに感じ取れるほどには、互いの付き合いは長い。
脱いで飛び出すのは簡単でも、潜水服を着込む作業はそれほど単純ではない。
「早くしろ」
「だって……」
「偵察機がこちらに気づいたようだ。向きを変えやがった」
「あんたが変なことを言うからだよ」
「違う。お前の双眼鏡が光を反射して光るのを見られたのだよ」




