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「どうやら司令部は、私にスパイの嫌疑をかけているらしい」
もちろん僕には、コバルトの言葉の意味など分かりはしなかった。
「何だって?」
「私にきいても知るか。スコーピオンの連中はそう言っている。敵潜の捜索はそこそこでよいから、私の行動を厳重に監視しろとの命令を受けているのだとさ」
「そんな話をしてたのかい?」
「甲板にクルーを集め、艇長が事情を説明しているところだった」
「そりゃまた……」
コバルトは呆れた顔をし、僕を斜めにニラんだ。
「感想はそれだけか? 言っておくが、お前にも同じ嫌疑がかかっているのだぞ。私の相棒だからな」
「まさか……」
「マサカもマサカリもあるか。それが事実だ」
僕は大急ぎで頭を回転させた。僕はそもそも戦略家タイプではないが、そんなことを言ってられる場合ではない。
「ねえコバルト、ロバートソンを捕まえて、締め上げたらどうかなあ」
ところがコバルトはニベもない。
「無駄さ。奴はただ命令を受けただけで、詳しい事情は知らされておるまいよ」
「じゃあ、どうすればいいんだい?」
「それは、ひとまず眠って考えよう」
「眠る?」
「おや気が付かなかったのか? 私たちは今日から反逆者になったのさ。基地へ帰ることはできない。少なくとも数日はな」
「数日?」
「いっそのこと、二人で日本へ亡命するか? 意外と歓迎してくれるかもしれないぞ」
一瞬の間僕は、日本で暮らしている自分の姿を想像してみようとした。
キモノを着て、木と竹と紙でできた家に住み、帰宅すると日本髪の妻が三つ指をついて迎えてくれる。
「日本に亡命するなんて無理だよ」
「そうだろうな。とにかく私とお前は、この瞬間から姿を消すことになる。行方は誰も知らない」
「……」
「そんな顔をするな。これは『作戦中の行方不明』というやつだ。お前の両親には恩給がつく。親孝行じゃないか」
「ふうう……」
僕が大きくため息をつくので、コバルトは面白そうに笑った。
「お前一人だけで、基地まで泳いで帰ってもいいのだぞ」
「そんなことできるわけないじゃないか」
「そうか、お前はカナヅチだったな」
僕は時々、コバルトの鼻に咬みついてやろうかと思うことがある。




