77(第5部 黒い疑惑)
「トルク、お前は気づいているか?」
ある日のパトロール、基地を離れていくらも行かないあたりでコバルトが話しかけてきたので、 僕は返事をした。
「何が? もうすぐスコーピオンと合流するよ。忘れてないよね? ほら見えてきた」
僕の言う通り、前方の水面にはササの葉のような形をして、細長い船底が見え始めている。
でも大型船ではなく、せいぜいクルーは十数人というところ。
ゼブラが沈没してから、ストロベリーは作戦に不便を感じるようになり、かと言って新しい船はまだ届かないから、苦しまぐれに中古の魚雷艇を数隻、手に入れた。
スコーピオンもその1隻なんだ。
だが船影もコバルトの目には入らないようで、言葉を続けた。
「昨日、こんなことがあったのだよ。世話係の新人で、ロバートソンというのがいるだろう?」
「うん知ってる」
ストロベリーは機密性の高い部隊だから、人員も限られ、必要最小限の人数で回すようになっている。
だが、どこにでも退職者は存在するから、ごくたまにだけれど補充の人員がやってくる。
僕はライダーで、ロバートソンはサイレンたちの世話係。職務上の関わりはないから、顔を知っているというぐらいだったけれど、やせて背の高い若い男。
瞳はブルーで、金色の髪をしている。そこそこは有能そうに見える。
「ロバートソンなら知ってるよ」
「偶然だが昨日、そのロバートソンが地下プールの水に落ちた。濡れた床で足を滑らせたようだ」
「へえ」
「その時、いつもの癖で、ちょいと超音波を浴びせてみたのだよ。どうせ気づかれはしない」
「何が分かるんだい?」
「あ奴は、ポケットの中に超小型カメラを隠し持っていたぞ。隠密作戦用で、きっと暗視用フィルムが入れてあったのだろうな。地下プールは暗い」
「超音波でそんなことまで分かるのかい?」
僕は目を丸くしていたに違いない。コバルトが笑った。
「お前だって、服のポケットにはいつも食べ物を忍ばせているではないか」
「キャンディーが1個だけだよ」
「嘘つけ。2個も3個も入っていることがあるぞ」
いくら超音波でも、潜水服ごしに内側が分かるはずはないから、コバルトは僕が潜水服を脱いだ隙に調べているのだろう。
「じゃあコバルト、ロバートソンは日本のスパイなのかな? そんなふうには見えないけど」
「基地はそれなりに警戒が厳重だから、外国スパイが入り込めるとは思えない」
「ならどうして? ロバートソンは何を撮影するつもりだったんだろうね? まさかあんたの寝顔じゃないだろうに」
「美女の寝顔は充分に魅力的だが、今回は違うな。理由も目的も不明だが、しばらく気を付けていよう」
「さようで……」
美人かどうかはともかく、コバルトの言うことなど僕は真面目に考えてはいなかった。
こんな前線でのスパイごっこというのが、どうにもリアルに感じられなかったんだ。




