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「おもしろい?」
「不謹慎ですまんが、私は鯨なのでな。そもそも鉄でできた物体が水に浮いていること自体がおかしいのだよ」
船の沈没という事件はこの世にありふれていても、それを水中から観察したことがある人はごく少ないかもしれない。
僕たちは、ゆっくりとゼブラに近づいて行った。
この頃には、僕とコバルトのまわりは金属音が満ちていた。浸水した海水の重みでねじ曲げられ、引き裂かれてゆく鉄があげる悲鳴だ。
その中に、張りのあるコバルトの声が響く。
「薄い外板は比較的早く負けるが、竜骨だけは最後まで頑張る。そして…」
「そして?」
その瞬間、ゴンともドンともつかぬ音が、僕の鼓膜と全身を揺さぶった。
「あれが竜骨の折れた音だ。船体はバラバラになるな」
「船体が沈む時には、大きな波が起こるんじゃない?」
「だから少しでも離れようと、救命ボートたちは必死になっているさ。3隻が浮いている。見えるか?」
「わかんない」
「人間の目とは不自由なものだな。小さな船底が3つ、波の間に見えているではないか。しかし3隻ならば、全乗組員が脱出に成功したことだろう」
ここでコバルトが水面に顔を出したので、僕も水上の景色を眺めることができた。
ゼブラはもう3分の2が水面下にあり、キャビンと煙突だけが波の上に顔をのぞかせている。
相変わらずコバルトの話し方は、腹が立つほど穏やかだ。
「煙突から出る煙が消えたな。ボイラー室まで浸水して火が消えたか」
最後の瞬間、巨大な象のような咆哮と同時に、クジラのように砂ぼこりを空中高く噴き上げながら、ゼブラは海底への旅を始めた。二度と帰ってくることのない旅だ。
水面は大きく乱され、白く泡立っているが、巻き込まれた救命ボートはないようだ。
「トルク、救命ボートのところへ行くぞ」
「なんで?」
「連中の泣きっ面を見にさ」
いい趣味だな、と思ったが、僕は何も言わないことにした。




