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「ねえコバルト、『伝家の宝刀』って言葉を知ってる?」
「なんだね?」
「僕が今から抜こうとしているやつのことだよ。さあコバルト、全速前進。ゼブラに警告するんだ」
「嫌だね。戦闘行為は…」
「言うことをきいてくれないと、あんたの本名をストロベリー中に言いふらしちゃうよ」
「なんだと?」
「コバルトって、本当はあんたの本名じゃないんだってね。あんたは自分の名前が大嫌いで、その名前では呼ばれたくないとか」
巨大なサイレンの顔色を変えさせるのは、本当に面白い経験だった。
尾の動きを止めるだけじゃなく、コバルトは目の色まで変えたんだ。
「なぜ知っている?」
「リリーが教えてくれた」
「あの腐れサイレンめ、余計なことを話しおって」
「サイレンの国では、海の事物にちなんだ命名をする。例えばリリーは、ウミユリという生き物から名を取ったんだってね」
「ああ、リリーはきれいな名だ」
「そうだね、ウミウシちゃん」
この瞬間、ゴーストのこともゼブラのことも、コバルトの頭からは完全に消えてしまったに違いない。
バネ仕掛けのようにグルリと振り返り、コバルトは僕の肩を両手でつかんだんだ。
あの体のサイズだから、その力は強く、僕はブルドーザーに捕まえられたようなものだ。身動きをするどころか…。
「トルク、私の名を言ってみろ」
コバルトは僕をブンブン振り回す。僕は声を絞り出さなくてはならなかった。
「ウ…、ウミウシ。でもさ、馬糞ウニって名前よりはマシじゃないか…」
ここでコバルトは、ちょっと意外な反応をした。僕をつかんでいた両手を放すだけでなく、腹を抱えて笑い始めたんだ。
「ハハハ、確かにそれは言えているな」
しばらくの間、コバルトは笑いつづけた。涙だって流していたかもしれない。
僕は恐る恐る話しかけた。
「コバルト…?」
コバルトはジロリと振り返る。
「どうした、馬糞ウニ?」
「僕はトルクだよ」
「いや決めた。今日からお前の名は馬糞ウニだ」




