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「そんなのないよ」
僕が口をとがらせると、リリーが口を開いた。
「意地悪なコバルトに代わって私が説明しますが、魚雷を受けて沈没しつつあるのは1隻でも、船は他にも数隻いるのですよ」
「数隻って?」
「船団だから、他にも船がいるのです。沈没した船の乗組員たちは、直ちに救助されるはずですよ」
僕はコバルトをにらんだ。
「あんたも知ってたのかい?」
「ああもちろん。エンジン音、船首が波を切る音、スクリュー音が複数聞こえるからな」
「ゴーストは?」
「もう深く潜行してしまった。爆雷を数発あびせられはしたが、逃走に移りつつある」
「追跡するんだ」
「なぜ?」
「なぜえ? 戦闘行為はできなくても、敵の追跡はできるよ」
「言っておくが、サイレンが活動するのは、アメリカ領海内と周辺海域だけという契約だからな。まさかニッポンの港まで追っては行かないぞ」
「それでもいいんだよ。この小隊は、僕が隊長じゃないか」
「上官風を吹かせやがって。ああ面倒くせえ…」
気分を変えるように、リリーがとりなした。
「さあトルク、今すぐに天測をなさいな。ゴーストの現在位置を知らせに、私は基地へ戻りましょう」
「ああそうか」
僕は潜水服から抜け出し、ゆらゆら揺れるコバルトの背中の上で道具を使い、現在位置を測定することができた。
「ゾーン12と11の境目あたりだね。細かい座標はこの耐水紙に書いたよ」
「では私は基地に戻ります」
「うん」
そのままリリーは、波を蹴って消えてしまった。




