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 ナイフと言ってもサイレンが使う物だから、包丁の倍ぐらいある。僕は手探りで、それをコバルトの手に握らせることができた。

 あとはもう一刀両断。どんな漁網も敵ではなかった。

 漁網を引いていたのは、意外に思えるほど小さな船だった。

 ポンポンと音を立てながら煙突から煙を吐き、船尾にある2台のウインチで漁網を巻き取っていた。

「こんなに重い網は珍しいぜ。こりゃあ大漁だな」と笑っていたかもしれない。

 そりゃあ重いよ。サイレンがかかってるんだから。

 小さな漁船だから、乗っている漁師は3人しかいなかった。だがこの夜には、世界で最も不幸な3人組だったかもしれない。

 ナイフの刃と牙をきらめかせ、船尾に両手をかけて、大きく水上に伸びあがったコバルト。

 その肩に座ったまま僕が見下ろしたは、驚きというよりも恐怖に駆られているこの3人だった。

「コバルト!」

 コバルトの考えが理解できたので、僕は叫んだ。

 なぜって、漁網から逃れるだけでいいのなら、ただ泳ぎ去ればいいじゃないか。わざわざ水上に顔を出して、漁師たちに挨拶をする必要はない。

「この姿を見られた以上、生かして帰すわけにはいかぬのだ」

 というコバルトの言葉の恐ろしさを、僕は一生忘れないかもしれない。

「コバルトだめだ!」

「ゴチャゴチャぬかすな」

 僕も気が付いていたが、コバルトにはえらく気の短いところがある。

「人殺しなんかダメだよ」

「私は鯨だからな。ものの道理など分かりはしないのさ」

「だって…」

「邪魔はさせぬ」

 ギラギラと漁師たちをにらみつけていた目を、コバルトは僕に向けた。それは、付き合いが長く慣れているはずの僕ですら恐ろしかった。

 腕をつかみ、コバルトは僕をヒョイと持ち上げた。それから、甲板にあった木製の救命浮き輪を手に取り、僕に押し付けた。

「これを持って、そこらでおとなしく浮かんでいろ」

 ここで僕は、ほとんどの人が一生経験することのない目にあった。船べりを越えて、まるで石ころのように放り投げられたのだ。

「自分はいま、放物線を描いて飛んでいるんだろうか」

 などと脳みその裏側でチラリと考えながら、僕は飛んでいった。


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