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パトロールを終えて、僕とコバルトは帰還の途にあった。
太陽はとっくに沈み、昼間でも薄暗い海中は、まるでインク瓶の中身のように暗く、僕は自分の両手を見ることだってできなかった。
でも僕も、それには慣れていた。
サイレンなんぞと付き合っていると、いろんな意味で普通の人間じゃなくなることがある。暗闇が平気になるのもその一つ。
そこへ不意にコバルトの言葉だ。
「これは何だ?」
「何って何さ?」
「これだ。お前は感じないのか? 手を伸ばしてみろ」
たしかに奇妙ではある。目の前に壁のようなものが存在するのだ。
だが潜水服の不器用な手袋ごしでは、ザラザラした表面が感じられるばかりで、正体は分からない。
だが石のようではなく、押せばへこむ、やわらかさもあるんだ。
「漁網だ」
とコバルトが叫んだ。
その通り、僕とコバルトは、知らぬ間に漁網にとらえられていたんだ。
「大きな漁網? どのくらいのサイズ?」
「でかいぞ。トロール船だろう」
「トロール船って、もっと深い海底近くで魚を捕るものだよ」
「それを漁師が引き上げにかかっているのさ。そこへお前と私が引っ掛かった」
「出られる?」
「今やっているが…」コバルトは言葉を切った。苦しそうな息づかい。「…だめだ。私の力でも破れない」
「呼吸は続くかい?」
「あと数分というところだ。お前は網を破れないか?」
「やってるけど無理だよ。あんたに破れない物が僕に破れるわけがない」
「潜水服を脱げば、少し動けるようになるだろう。私のランドセルからナイフを取り出せ。お前は呼吸ができなくなってしまうが」
「緊急用ボンベがあるから、口にくわえるよ。3分間しか持たないけど」
「そうだったな。だがやってみてくれ。このままサシミにされるのは御免だ」
水圧に堪えるため、ライダーの潜水服は分厚く重い。脱ぐのにもコツが必要だが、両腕を左右に押し広げ、コバルトがスペースを作ってくれたおかげで、僕は解放レバーに手を触れることができた。
潜水服から抜け出しても、水中にいることに変わりはない。背中に手を回してボンベをつかみ、僕は口にくわえることができた。




