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 だが鯨の皮膚は分厚い。皮下脂肪はもっと分厚い。

 刺さったといっても僕の腕力では、モリの刃先がやっと隠れるかどうかという深さだ。

「あれで十分です。モリには返しがあるから、そうそう抜けるものですか」

 リリーの言葉通り、モリは抜けることなく、傷口は出血を始めている。周囲の水が赤くなりかけているのだ。

 ところが、

「まずい」

 リリーが声を上げた。

「どうしたんだい?」

「鯨が潜水の準備をしています」

「えっ?」

 その言葉通りだった。波の様子が変わり、鯨が水中へと沈み始めていると分かる。

 灰色の体が水面を切り裂くさまは、まるで潜水艦のような眺めだが、もちろんコバルトをその背に乗せたままだ。

 さらに大きな波しぶきが上がる。

 あっという間に、鯨とコバルトは波の下に姿を消してしまった。後に残るのは、モリにつながれたロープだけ。

 だがそのロープも、ずんずん引かれて水中へ消えてゆくのだ。

 リリーの声も緊張を隠せない。

「奴め、密かに潜水の準備を進めていたのか」

「コバルトはどうなるんだい?」

「背中につかまったままでいる他ありません。手を離した途端、牙の餌食ですから…、おっと」

「なに?」

「ロープの長さはどのくらいでした?」

「20メートルもなかったと思う」

「そうでしょうね。ものすごい引きの力です」

 これまでリリーはロープの端を片手で持っていたのだが、それを持ち替え、手首に強く巻き付けた。

「ごらんなさい。私はもう泳いではいませんよ。鯨の力に引かれているだけです」

「深海に逃がすことは防げる?」

「どうでしょう? 鯨の疲労を待つしかありませんね」

 それは本当に強い力だった。リリーの体は決して小さくはない。それを背中の上の僕ごと、鯨はどんどん引っ張っていくのだ。

 リリーの体は白い三角形の波を高く立て、まるで機関車のようなパワーじゃないか。


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