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この日の夕暮れ時には、僕とコバルトは四角環礁に到着していた。
「面倒くせえ」
と渋るコバルトをなだめすかして急がせ、ホットドッグに先行したのだ。
「もう夜だぞ。残業代は出るのだろうな?」
これほど文句の多いサイレンは、この世に2頭といないに違いない。
四角環礁は本当に低く、海面上にほんの数メートルしかない。白い砂の部分もあるが、わずかだが植物が生えてもいる。
全体の地形は、ピザのように平らだ。
「トルク、ここで何をする気だね? いずれホットドッグがやってくる。浮上してディーゼルエンジンを動かし、電池に充電を始めるだろう。ゴーストはその瞬間を待っているのだよ」
「そうだろうね。浮上して静止している潜水艦に魚雷をぶつけるなんて、こんな簡単な仕事はない。だからさ……」
「?」
潜水服から飛び出し、僕がランドセルのフタを開くのを見て、コバルトは心底驚いた様子だ。
僕は信号灯を取り出したんだ。
一抱えというほどのサイズはないが、両手で扱わなくてはならない。
これで強い光を発し、遠くにいる船とモールス信号で会話することができる。
信号灯を手に環礁に上陸した僕に、コバルトが声をかけた。
「そんなものを何に使うのだね?」
「ホットドッグはまだ来ない?」
「もうそこまで来ているよ。モーターを停止させ、浮上にかかった。圧縮空気をブローしているのが聞こえる」
「どっちの方向?」
水面に上半身を出し、コバルトは右腕を一直線に伸ばし、教えてくれた。
その通り、やがてそこにホットドッグが姿を見せた。海軍基地で見慣れた姿が、月明かりに浮かび上がったんだ。
すぐさまコバルトは岩陰に身を隠したが、
「ははあ」
僕が何をしようとしているのか、コバルトにも分かったようだ。
「じゃあコバルト、僕の作戦に賛成してくれるかい?」
コバルトはジロリと振り返った。
「まさか誰が賛成なものか」
「なんで?」
「まず第1に、おもしろくも何ともない。ツンドラのやつに仕返しができない」
「ホットドッグの司令塔から人間が出てきたよ。艦長かな? 双眼鏡でこっちを見てる。文面はなんと送ればいい?」
「自分でお考え」
「頭が動かないや。こんなことは初めてだもん。ええっと……」
僕のノロマぶりにイライラしたのかもしれない。コバルトが口を開いた。
『信じようが信じまいが、貴艦はゴーストに追跡されている』
何も考えずに、僕はその言葉のままに手を動かし始めた。
カチカチと派手な音を立て、信号灯はモールスを送り続ける。
さらに続き、
『死にたくなければ貴艦は浮上を中止し、潜航して立ち去れ。ツンドラ閣下によろしく』
僕は耳と指に神経を集中し、ただ言われるままに送信したんだ。文章の意味を考えている余裕なんかなかった。
だけどツンドラって何?
「ああっ」
送信が終了してから気が付いた。
「コバルト、何を送らせるんだよ!」
「文責はお前だ、小隊長殿」
コバルトはニヤリと笑ってやがる。
人を怒らせるという意味では、僕よりもよっぽど才能豊かだ。




