120
「ふうう……」
数分後、僕はヘルメットの中で息をつくことができた。
ボビーは身をひるがえらせ、ライトの光の外へ姿を消したところだ。黒い体は、夜の海中へあっという間に見えなくなった。
コバルトが感想を述べた。
「日本人も、あんな風に物分かりがいいとありがたいのだがな」
「でもボビーを退治したわけじゃないよ。漁師や水兵が攻撃を受ける可能性はまだあるよ」
「そうではなかろうよ」
とコバルトは平気な様子だ。
「なんで?」
「奴の腹の中の胎児は相当に大きかった。一次的に食い物が足りなくて、ここらまで遠征してきたのだろう」
「じゃあ出産を済ませたら、子を連れて元の海域へ帰っていくのかい?」
「それを期待したいね」
「ふうん」
僕がライトを消す直前、首を曲げてコバルトがのぞき込んできた。
「おやトルク、よっぽど不安だったのか、えらく安心した顔をしているな。あんな奴に私が負けると本気で心配したのかね?」
「偉そうなことを言っても、爆雷の衝撃で気を失ったことが2回ぐらいあるじゃないか。あんただって無敵じゃないんだよ」
「そうかい? それはそうと、さっきのジジイはどうしただろうな?」
それは僕もこの瞬間まできれいに忘れていた。
やはりボビーへの恐怖で心が一杯だったのだろう。
「漁船のところへ戻れるかい?」
「少し難しいな。エンジンは壊れていて使えない。ジジイはきっと帆を張るだろうが、海流に流されもする……。おや?」
コバルトは奇妙な表情をしている。何秒間かマスクを外し、海水の匂いを直にかいだようだ。
「どうしたんだい?」
「ボビーに体当たりされて、小舟から燃料が漏れたようだ。たどっていけるかもしれないぞ」
この後はコバルトの言う通りになった。
だけどすぐに、コバルトは変なことを言い始めたんだ。
「トルク、船はもうすぐそこだが、ライトはつけるな。少しまずい」
「どうして?」
「私の言ったとおり、ジジイは帆を張ったようだ。それでも港へ戻るのではなく、目的を持った航走をしている」
「目的って?」
「他船とのランデブーだ。どうしてこんな暗い夜に漁をすると思っていたが、そういうことか」
「なんで?」
「少し待て」




