119
コバルトが次に何を思い、何をやりだすか、誰にも想像なんかつかない。
ここまで何キロ海中を突っ走ってきたのか、予告もなくコバルトは振り返り、突然足を止めてしまったんだ。
「ああ面倒くせえ。泳ぐのにもあきた」
もちろんボビーも急停止するが、奴にもコバルトの考えは読めないのだろう。
もちろん僕にも分からない。
にらみ合い。
超ド級のシャチと海中でにらみ合うなんて、思い出すだけでゾッとするが、コバルトは平気な顔をしているんだ。
「なあトルク、ボビーを見逃してやってはダメか? 妊婦と分かると気が進まなくなってきた」
「報告書にはどう書くんだい?」
「何も書かなくてよいではないか。バレはしない」
僕は敵と、チラリと視線を合わせた。
「僕はいいけど、ボビーはまだ怒ってるよ」
「そのことだが、ちょっと実験をしてみよう」
「実験って?」
「お前はまだモリを持っているね?」
「もちろん」
「それを片付けてごらん」
「バカな……」
だけど、そのバカを実行することになってしまった。
よく通って深みがあるコバルトの声には、まるで催眠術のような効果があるのかもしれない。
もちろん、その話し方が自信に満ちているということもあるけれど……。
半信半疑ながら手が動き、ネジ式になっているモリを解体してバラバラにしてゆくのを、自分の手のことなのに僕は呆然と眺めた。
小さな部品に分けてランドセルの中に戻すのに、1分もかからなかったと思う。
「ごくろうさん」
「これからどうするんだい?」
「それを決めるのはボビーさ」
「どうして?」
「ごらん、戦意のないことが伝わったようだ。奴も牙を隠した。もはや超音波も来ない」
「本当に?」
「人間でもそうだが、何もなくても妊婦とは気が立っているものだよ」
「でもボビーは漁師を食べ損ねたよ」
「一食抜こうが二食抜こうが、野生動物は平気さ。気の毒に思うなら、お前が代わりに食われてやる手もある」
「そう言うと思った」
僕はもう一度、コバルトの腕を蹴飛ばした。




