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この日は普段よりも遠いゾーンまで出かけたので、パトロールを終えて基地へ戻る頃には日が暮れてしまっていた。
おまけに月のない夜だから、海中はインクびんの中のように暗い。
でも僕は、暗闇などとっくに慣れっこになっている。コバルトはコバルトで、自信を持って方角を決めて前進している。
「ねえコバルト、あんたは今、何か隠し事をしてるよね」
ライトをつけると、リンゴの実ほどもあるコバルトの目玉がギョロリと動いた。
「なぜそう思う?」
「あんたがその歌を口ずさむ時は、いつもそうだよ。僕は知ってるんだ」
「隠し事どころか、この歌はつれない恋人を嘆く内容なのだがな。私が何を隠しているというのだね?」
「敵潜水艦が近くにいるけれど、今は基地へ帰る途中だから知らんぷりしてるとか?」
「違うな」
「ゴーストの音が聞こえる?」
「いいや」
「ボガート大佐の船が近いとか?」
コバルトは首を大きく振った。
「みな違う。どこかでシャチが小舟を襲っているというだけだ。エンジン音から見て、襲われているのは漁船だな」
「大変じゃないか!」
「我々には関係のないことだよ」
「人が襲われてるんだよ」
「シャチだって、食わねば生きていけないさ。文句は造化の神に言ってくれ」
「僕、あんたのことは進化の神の失敗作だと思ってるよ」
「おやおや手厳しい……。ああ今エンジンが停止したぞ。小舟の沈没も時間の問題だな」
「聴覚だけで、よくそれだけ分かるもんだね」
「何を言っている? すぐ目の前の出来事ではないか」
「えっ?」
本当にコバルトの言う通りだった。
あわててライトを向けると、その小舟まで50メートルも離れてはいなかったのだ。
見上げる水面の中央に木造の船底を見ることができたが、もちろんそれだけではない。
まるでゴムでできたかのような黒くしなやかな物体が、白い波を立てながら、まとわりついているのだ。
背中を丸くして、船腹にドスンと体当たりをしたところだ。




