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水面が近づいた時、コバルトが言った。
「ゴーストのことはどうするのだね?」
「ゴースト?」
「少し距離はあるが、音はまだ聞こえている」
「ホープ号は?」
コバルトは一瞬口を閉じたが、
「もうホープ号の音は聞こえない。危険海域は脱出したようだ。悪運の強さというやつかな」
「元はと言えば、あんたがハンフリー・ボガートの名前なんか出したからじゃないか」
「そういえば今夜は映画会だな。どんな映画だろう。ハンフリー・ボガートの映画だったらいいな」
「……」
「お前も、今夜はすぐに帰宅しなくてもよかろう? 地下プールで映画を見ようじゃないか」
「サイレンたちと一緒にかい?」
僕が眉をひそめたのには理由がある。
サイレンたちの映画鑑賞マナーは、とうてい上品とは言えなかった。
プールサイドにスクリーンが張られるのだが、鑑賞しながら歓声を上げる。手はたたく。気に入らなければ水を跳ねかけると、どう見ても幼稚園児の集団のようでしかない。
中には弁当を持ち込むやつまでいる。
だから映画のスクリーンを見るたびに僕が生魚の匂いを思い出すのは、そのせいだ。
「私の腕にもたれかからせて、特等席にしてやる。いいだろう?」
「わかったよ」
あまりの熱心な誘いに、とうとう僕は承知してしまった。
だけどどういう映画が上映されたのか、僕は全く覚えていない。
コバルトはああ言ったけれど、この日、僕はもう少しで命を落とすところだったのだ。
その経験で、僕は自分で思っている以上に緊張し、疲労していたに違いない。
基地に戻って夕食を終えて、いざ映写機が動き始めた。
プールサイドにイスを置いて隣に座って、コバルトの腕に頭を持たせかけた瞬間、僕はあっという間に眠り込んでしまった。
(つづく)




