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ああコバルトよ。
金髪碧眼の美しきサイレンよ。
その瞳の輝きは、地上に例える物もない。
その御身が、どうしてこんな時にしくじりますかね?
「1、2、3!」
号令とともに、コバルトはパイプを切り離した。そのためのレバーが存在する。
パイプはヘビのように動き、アンカーの返し部分をスルリと抜けて自由になった。
それだけならよろしい。
同時に重力に引かれ、僕の体は潜水服ごと落下を始めていた。
行き先は数百メートル下の海底。僕にとっては地獄と同じだ。
潜水艦のへさきがどんどん遠くなり、深度が増すにつれ周囲は暗くなり、コバルトがとっさに反応して、下を向いて泳ぎ始めるのが目に入った。
もちろんコバルトがフル加速、最高速度でもって潜行を試みていることは僕も疑わなかった。
少しでも捕まえやすいように、僕はライトのスイッチを入れ、両腕を大きく伸ばしていた。
コバルトはずんずん近づいてくる。その白い体は、あたりが暗くなってもよく目立つ。
その背後を、われ関せずという様子で潜水艦が横切る。
眼のすみで、僕は深度計を注視しないではいられなかった。
針はどんどん回っていく。
50なんか、アッという間に過ぎてしまった。
80、90……。
これが最初で最後のチャンスだ。
コバルトが両腕を伸ばし、僕を胸に迎え入れようとするのは、似た構図を何かの宗教画で見たような気がする。
肉食獣であるサイレンの爪は尖り、クギのように鋭い。
その先が僕の潜水服に触れ、つかもうとした。
カリッ。
そこで爪が滑った。
「あっ」
僕の落下が止まることはなく、コバルトは胸の中にただ水の塊を抱いただけで終わってしまった。
僕は落ち続ける。もう深度は100を越えようとしている。




