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「まさかトルク、この深度でヘルメットを開こうというのではあるまいな?」
「ヘルメットを脱がないと、僕は潜水服の外に出られないからね。あんたなんかほっておいて、僕一人でホープ号を助けに行くんだ」
「やめろバカ。こんな深度で人間が潜水服の外へ出たら、水圧で一瞬で死んでしまうぞ」
「いや、100メートルならなんとか希望がある。素潜りの世界最深記録が100メートルだから」
「それは訓練されている潜水者の場合だ。お前のような……」
コバルトがしゃべっている間も、僕は泡を盛大に出し続けた。もういくら空気を海中に捨てただろう。
「分かったトルク、お前の勝ちだ。浮上するからレバーを元に戻せ」
僕はすぐに手を動かし、もちろん泡の音は一瞬で魔法のように消えた。
言葉通り、コバルトは水を蹴って浮上しつつある。あたりはすぐに薄明るくなった。
水面近くへ到着した時には、日中のはっきりとした明るさになっていた。
「さあトルク、浮上したぞ。解放レバーをきちんと戻して、点検しろ。そうでないと……」
珍しいこともあるもので、コバルトの言葉が途中で止まってしまったのだ。
そして、あだ名のもとになった深いブルーの瞳を大きく見開いた。
「お前……」
それはそうかもしれない。僕は解放レバーになど指一本触れてはおらず、そのかわり手の中に緊急ボンベを握っていたのだから。
緊急ボンベだって空気タンクの一種だから、内部には圧縮空気が詰まっている。
バルブを開けば、盛大に泡が出るさ。
「それがトリックか」
コバルトはいまいましそうな顔をしたが、すぐにカラカラと笑い始めた。
「私は一杯食わされたわけだな」
「ゴーストの現在位置を探して、ペイントを流そうよ。ホープ号が犠牲になる前に」
「あんな船をどうして助けてやらねばならぬのか、私にはさっぱり理解できぬ」
「友軍を見殺しにするなんて、単に寝覚めが悪いからだよ。さあコバルト、出かけるよ」
僕の手から取り上げた緊急ボンベをしばらく眺めていたが、コバルトはため息をついた。
「お前は真面目だな。付き合い切れぬわ」
と言いつつも尾を動かし始めている。
僕たちは前進を始めた。
天気の良い日で、波も穏やかだ。遠くにはカモメの姿だって見えている。
すべてが順調に思える? いやいや……。
この5分後には、僕たちはドツボにハマっていた。




