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僕とは反対に、コバルトの声はあくまで静かな調子だ。
「何もせぬ。ただゴーストがホープ号を始末してくれるのを待つだけだ」
「そううまくいくもんか」
僕は腕を伸ばし、手探りでランドセルのフタを開こうとした。
ペイント缶は、すぐそこの手の届きやすい場所にあったはず。
「無駄なことはおやめ」
「なんでさ? ペイントを流して、上空の哨戒機に知らせる。哨戒機が駆逐艦を呼んでくれるさ」
「海中にも海流が存在することを忘れたのかね? 海中にペイントを流しても、無秩序に広がって薄まるだけだ。空からもどこからも見えはしない」
「くそっ」
僕はランドセルのフタを乱暴に閉じるしかなかった。
「いい子だ。たとえお前であっても、私の邪魔は許さない」
「なぜそんなにまでホープ号を目の敵にするんだい? 僕には分らないや」
「船上で捕まって、腹に跡が残るほど軍靴で蹴られたことをもう忘れたのか? あげく海に落とされた。私は、お前の仇を討とうとしているのだよ。ご迷惑かね?」
「そんなことはないけど……」
思いがけず僕は、ボガート大佐の顔を思い出してしまった。確かに最低の人間だけど、死なせてしまうほどではない。
僕は大急ぎで頭を巡らせた。そして出た結論が……、
「じゃあコバルト、僕と勝負しよう」
「勝負?」
「僕が勝ったら、海面に浮上してペイントを流すんだ。もしも僕が負けたら……」
僕の言葉は途切れてしまったが、続きはコバルトが言ってくれた。
「お前が負けたら、ボガート大佐は地獄へ落ちる。道案内はゴーストだ」
「ふうう……」
ヘルメットの中でため息をつく僕の顔が面白かったのだろう(超音波で見えている)。コバルトが笑った。
「ふふふ。ではトルク、どういう勝負をするのだね? 腕相撲ではお前に勝ち目はないと思うが」
「ジャンケンをするんだ」
世界がいくら広いといっても、巨大なサイレンに大笑いをさせたことがあるのは、僕一人だと思う。コバルトが腹を抱えるのが水の動きで感じられたんだ。
僕はムキになっていたかもしれない。
「笑うなコバルト」




