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「あれ、怒らないのかい?」
「怒る? そうさな、お前が危険手当をもらうのなら、私は子守り手当が欲しいところだ……。それはそうとトルク、この間の陸軍の輸送艦を覚えているか?」
「ボガート艦長のやつだね。ホープ号だっけ?」
「いま音が聞こえ始めた。パールハーバーで荷を下ろして、本土へ戻るところか……。いや喫水の深さから見て、また何かを積んでいるな」
「聴覚だけで、そこまで分かるのかい?」
「まあな。だが面倒なことがある。今はまだ遠いが、海中に別の音源がある。日本の潜水艦だ」
「まさかゴーストかい?」
「ご名答」
「ゴーストがホープ号を狙ってるのかい?」
「今はまだ互いに遠距離だ。だが、このまま進路が接近するとどうかな?」
「ちょっとまずいね」
ここで、コバルトが片方の眉を上げたんだ。
「何を言っている? ボガート大佐以下、すべての目撃者を海底へ葬るチャンスではないか」
「そんなのないよ」
「『より一層の隠密行動に努めよ』と大隊長も言ったのだろう?」
「でも……」
「いいな、私はやるぞ」
「じゃあ僕は、またあんたの両耳を強く引っ張るだけだよ。いいね?」
「ああ、やってみるがいい」
解放レバーに手をかけ、僕はさっそく潜水服から抜け出そうとした。潜水服を脱がないと、コバルトの首筋に登ることはできないから。
でも、だめだった。
何を思ったのか、その前にコバルトが潜航を始めたんだ。
「あっ」
まったく思いがけない急速潜航で、どんどん深度を増していく。
まるで落ちてゆく石ころのようなもので、深度計はあっという間に100メートルに達してしまった。
深度100メートルと言えば、最新型の潜水艦でもぎりぎり耐えられるかどうかだ。
この深度で潜水服を脱ぐなんて、自殺行為でしかない。
「コバルト!」
非難がましいだけでなく、僕の声には不安も混じっていたと思う。
「どうしたね?」
コバルトの声が聞こえるが、この深度ではもう太陽光は届かない。
すべてが暗闇の中に沈んで、コバルトの顔や表情を見ることはできなかった。
「こ、ここで何をするんだい?」




