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僕が再び潜水服の中へ戻ったころ、コバルトが言い出した。
「ここらで海面にペイントを流す手はずではなかったのか?」
「そうだよ」
「ああ面倒くせえ」
ランドセルの中からペイント缶を2つ取り出すのに時間はかからなかった。
「場所はここでいいのかい?」
「機雷があるのはあと500メートル先だ。危険すぎて近寄れない」
「あの輸送艦は?」
「もう行ってしまったさ。パールハーバーに入港するのだろう」
僕がかかえて手渡すと、コバルトはいかにも投げやりにペイントを2缶とも握りつぶして見せたが、もちろん濃いオレンジ色の中身が、僕のヘルメットにどっぷりとかかるようにするのは忘れなかった。
「何も見えないよ」
蹴られてまだ痛む腹部を潜水服の上から片手でさすりつつ、もう一方の手の指で、僕はヘルメットのガラスをこすらなくてはならなかった。
「ねえコバルト、僕を甲板から海へ落としてしまったことを、ボガート艦長はどう報告するつもりだろうね? へたをしたら殺人事件じゃないか」
コバルトは白けた声を出した。
「報告などしないさ。部下たちにはかん口令を敷き、口をぬぐう気だ。目撃者は数人なのだろう?」
「そのくらいだと思う」
「なら決まりだ。すべてもみ消されておしまいだな」
「ひどい話だね」
「今は戦時中なのだぞ。全部がこの調子さ。下っぱ少尉がひとり行方不明になっても、誰も気にしない」
「でも、あんたはさっき『おかえり』と言ってくれたじゃないか」
するとコバルトは顔を前に向けたまま、横眼だけでいつものジロリをやって見せたが、僕はどこか幸せな気分だった。
基地へ向けて、僕とコバルトは進み続けた。




