表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/15

最悪な出会い

 久しぶりの一人の時間。

 この世界に来てからは一人でいることが寂しいと感じていたが、今となっては先程の気まずさから開放されたばかりで妙に清々しい。


「結局……ほとんど分からなかった」


 ――思っているより事態は複雑。

 リギルの言葉が脳内をこだまする。モヤモヤは晴れずままだったけどあそこで食い下がるわけにもいかないし、結局はこうなっていただろう。


「決断、しなきゃな……」


 アキには二つの選択肢がある。

 セキの後釜をついで役割とやらを果たす。もしくはセキのことを完全に忘れて別人として生きること。

 期限は特に伝えられていないから急ぐことでもないとは思うけど、やっぱりこういうのは先延ばしにするのはよくない。


 かといって今のままじゃいつまでたっても答えは出ないだろう。学園内を見てセキのことをもっと知るんだ。

 深く考えすぎるのではなく情報を集める。ディンにも言われたはず。悪いところは積極的に治していかないと。


 そうと決まったら出発だ。窓明かりの差した廊下の中を歩んで行く。窓の外は少し暗くなっており夕暮れ時といったところだった。

 廊下には人っ子一人いない。ここに入った二回目のときに帰りの支度をした生徒がいたところを見るにもう帰ってしまったのかもしれない。


 そうすると精神的にはかなり楽であるが、情報を集めるという観点からいうと良い状況ではない。こうやって歩きながら教室を見ていても殆どの教室が空き教室だ。


 ならば話を聞けるのは職員くらいなものだろう。けどなんというか、アキは先程の学園長といいその前のイケメンの長髪男といい苦手意識を持ってしまっていた。前者はきまずい空気だったこと、後者はかなり強引に連れて行かれたからという理由で。


 なんとか居残りしている生徒はいないだろうか。やっぱり自分より精神的に年下である子供達であれば気を使わずに話すことができる。

 まあその場合は先に自分はセキじゃないことを説明する必要もあるのでごたつく可能性もあるが。


 ……なんか気分がどんよりとしてきた。深い溜息を吐くとアキは窓枠に寄りかかる。


 ここから見える街の景色は随分と遠い。今アキがいる階は結構な高さみたいだった。


「本当に違う世界なんだ……」


 前世の世界での景色とは大分違う。高層ビルがないおかげで空が随分と見えるし道路だって存在しない。一応街道は広く設計されているが、それだって時折走っている馬車が通るためのものだろう。


 ただし食事のレベルはあまり変わらないように思う。最初にディンに奢ってもらったときもアキ自身は何も疑問に思わなかった。


 あと違うのは……やっぱり魔法とか。アキだって前世ではゲームをそこそこに齧っていた。自分が使えるならば、と憧れもある。今のところは実際に目にしてないから想像もつかないけど。

 物思いに耽りぼんやりと外を見つめる。


「あれ?」


 その時、外の下から水玉がフワフワと飛んできた。なにこれ……シャボン玉?疑問に思って窓枠から身体を乗り出す。すると下の中庭の部分で生徒が何かをしていた。

 手に持っているのは杖だ。その動きに合わせて水玉も移動している。


 パチパチとアキは数度瞬きをする。うーんと腕を組んでしばらく考えてみた。その結果出た答えは……


「魔法?」


 夢にまでみた魔法というやつなのだろうか。その割にはしょぼいというか、思ってたのと違う。もっとこう、嵐を起こしたり地面を隆起させたりとか。


 それに比べて目の前にあるのは水玉だ。パッと見じゃシャボン玉に見える。それが目の前まできてつい突いてみたい衝動が出たがなんとか我慢する。


 これは……またとないチャンスなのではないか?魔法のこともセキのことも両方聞くことができる。だとすればあの子が帰る前に速く聞かないと。


 アキは情報に餓えていたこともあり行動は速かった。道に迷って右往左往しながらもなんとか階段を見つけて一番下の階まで降りる。

 そこからさっき窓から見た中庭の出入口の方角はこっちだっけ、と進んで行く。


 おそらく時間にして二分程かけてアキはようやく中庭へと辿り着いた。


「おい、もっとコツとかないのかよ?」

「もうほとんど教えたでしょ。後は反復練習するだけ」


 話し声が聞こえる。男と女一人ずつ。姿はまだ見えていないが突然割り込むのも変なので一先ずは傍観に徹した。


「お前の教え方が下手なんだよ!そんな適当に教えられてもな!」

「はぁ?すぐに使えるようになりたいって言ったのはアンタでしょ?」

「そりゃそうだけど……」

「いい?魔法ってのは数式と一緒なの。ちゃんと覚えたきゃ参考書でも買って必死に勉強するしかない。アンタはその過程をすっ飛ばしてるわけ」

「じゃあなんだよ、魔法使いたきゃあんな分厚い本を熟読しないといけないのか」

「そゆこと」


 ドサッと座り込むような音が聞こえた直後、「チクショー!結局は座学かよ!」と投げやりな声が聞こえる。

 「ほんと勉強嫌いなのね」続けて女の子の声も聞こえた。


 魔法の練習をしている最中だったみたいだ。話から察するに女の子の方が教えてる側で男の子は教えられてる側というところか。


 見ている限り魔法を使うことは簡単そうでない。魔法は数式とか言ってたし半端な勉強で覚えられるものでないのだろう。

 創作物でよくあるイメージが大切とか、魔力の流れを感じるとかそういうのではないらしい。


 だから今アキがなんとなくでやっているように、目を瞑って「ファイアボール!」とかやったりしても特別な事象が起きることはない。

 というか風がヒューヒューと吹き抜ける音がするだけで恥ずかしくもなる。


 一人でこんなことをしている自分が情けなくなって前に構えていた腕をおろした。

 それからのそのそと移動し壁から顔を少しだけだす。


 そこでは相変わらず少年が杖を構えて魔法の特訓をしていた。一度は諦めかけたが再開したらしい。


 邪魔をしたくないのでこっそりと近づく。少女は離れたところで段差に腰掛けていたがこちらに背を向けて気づく様子はない。

 宙では上の階から見たように水玉がフワフワと漂っている。アキは感心していた。それができるだけで凄いよ、と少年を褒めてあげたい気分だった。


 水玉がふるふると震える。制御が覚束ないのか最初の位置からズレ始めた。


「うぐぐぐ……!」


 杖を持つ手が震えている。水玉が少年の真上を通り少女のいる反対側へといった。視界に水玉を捉えるため少年が身体の向きを変える。


 ――あっ、気付かれる。


 呑気にアキはそんなことを考えていた。

 少年がこちらに向き直ると同時、アキを視界の端に捉えたようでそのままの姿勢で固まった。


 お互いの視線が交差する。

 あれ?と思った後に「あ、そっか」と思い直し「気にしないで」というふうにアキは微かに笑う。

 突如、少年の顔が真っ赤に染まった。


「へ、なんで、ちょっ……」


 呂律の回っていない声を少年が出す。力の抜けた手から小杖が零れ落ちた。


 宙の水玉がフルフルと震えだす。完全に少年の支配下から脱した水玉は膨張した後、束の間をおいて弾け飛んだ。


「――あっ、まずい」


 それを見ていた少年の出した声とアキの内心は完全に一致していた。弾け飛んだ水はそのまま重力に従って地に落ちる。

 しかも……運の悪いことにその水玉は少女の上側に位置していたのだ。


「えっ?」


 ばっしゃーんと水の音と共に少女の声が掻き消える。飛び散った水はアキの足元まで届いていた。


 やっちまった、という顔をアキはする。及び腰になりながらも少女の様子を伺った。滝のように流れた水の後にはもちろんのことびしょ濡れになった少女がいるわけで……その肩は震えていた。


 泣かしてしまった、一瞬そう思うもそれは勘違いだと気づく。何故なら少女の周りにはメラメラと燃える炎が幻視して見えたからだ。少女は怒りに燃えていた。


「……アンタねぇ、いっきなり何すんのよ!濡れて帰らないといけないじゃない!」


 大股で大きな音を出しながら少女が少年に近づく。少年は軽く後退りしながら少女の背後を指差していた。


「んー!んー!」

「何!?誤魔化そうたってそうは――」


 少女が振り向く素振りをする。そして「ん?」と唸った後もう一度向き直った。

 赤みがかった髪を二つに結び幼さの少し残るその顔。現在、その目は吊り上がっていた。


「ごっごごごごごめんなさい!私のせいです!」


 謎の迫力に押され頭を全力で下げる。次の瞬間には罵倒されてるんだろうな、と思ったが意外にも何もない。全員が黙った静寂の中、アキの放った謝罪の声だけが響き渡っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ