邂逅
再び入った学園内には帰りの支度をしている学生がチラホラいた。友達と会話をしているもの、静かに自分の鞄の整理をしているもの、はたまた教室に残り勉学に励むもの。
ただ、共通して言えるのはやはりアキを見ると二度見をして固まる。
もう何も言うまいと思っていたが色々と心に来るものがある。けど先程よりはマシだ。ディンの言葉により別にセキを殺したわけではないと分かったのだから罪悪感を感じる必要はないのだ。
「――えっ?なん、で……」
そう思案していると他の子よりハッキリとした、それでいて感情の篭った声が聞こえた。
久しぶりに旧友に会った、そんな感じの声が。
「……っ」
それだけでアキは色々と察してしまった。顔を向けることはできない。かといって無視するのもおかしい。どうすればいいか分からなくなる。
「アキちゃん呼ばれてるけど?」
心配したディンが声をかけてくる。返事などできようもない。俯いて足元を眺めているとそこに先程の声の持ち主であろう少女の靴が視界に入ってきた。
「はっ……はぁ、ちょっとどうして無視するのっ?」
少女の息は上がっていた。走って駆け寄ってきたから、それとも死んだと思っていた友人に会えたからか――もしくはその両方か。
ディンがため息を吐く。やれやれ仕方ないな、そんな感じだった。
「アキ……あーセキちゃんはちょっと体調がすぐれないみたいで。えっとキミは友達の子?」
「そうだけど、それより体調よくないんだったワタシが――」
「いやいや吐きそうなくらいらしくってさ。だから話は後で、ね?この子の面倒は俺が見るから」
ディンが背でアキを隠す。それを見かねた少女が後ろに回ろうとする。するとディンもまたアキを庇うように動く。顔を見なくても少女が焦れったくしてるのが分かった。
「この状況相当きついんだけど……?そもそも正直に言っちゃえば?」
ディンが振り向いて小声で言ってきた。
確かにそうすべきなのかもしれない。いつか来たるべき時に伝えよう、そう思っていたけど今がその時なのか。
「そう、ですね。伝えないと……」
セキはもう死んでいる。そしてそのことは目の前の少女も知っているはず。だったら辺な希望を持たせるよりも素直に伝えたほうがいい、絶対そうに決まってる。だったら進まないと。
アキは少女へと一歩歩みを進める。俯いていた顔も上げた。そこで初めて少女の顔を見れた。栗色の髪のハーフアップの彼女は眉を下げて心配げな表情だった。
やっとアキと相対して少女の雰囲気が少し落ち着く。
「……えっと。久しぶり、セキ」
「……はい」
「ワタシね、後悔してたんだ。セキが亡くなったあの時、どうして助けてやれなかったんだって。この学校で何を学んできてるんだっ……て」
「……」
「でっでも……こうして戻ってきてくれてとても嬉しい。……っ……本当に、本当に悲しくてね――辛かった。ごめんね、せっかく帰ってきてくれたのに辛気臭くって。なんか安心したら、涙がっ、うぅ……」
途中から嗚咽が混じり始め、少女が目をこする。けれども涙は止まらない。
アキは唇を噛みしめる。名前も知らない少女を目の前にして同情の念で一杯だった。
もしも――自分の友達の中身が知らない人になってたらと。
困ってディンを見つめるが彼は気まずそうに顔を背ける。周りも横目でみると誰もが聞き耳を立てていた。
何人もの人が自分に注目している。覚悟が失せそうになるが泣いている少女を見るとそうもいかなくなる。だから、前を見据えて言ってやった。
「前任者のセキさんはもういません。私は次人者、というらしいです」
「うぅ……ひぐっ、……ぇ?」
少女が呆然とする。依然として涙は流したまま。
「アキといいます。セキさんのことは……とても残念に思っています。貴方方の気持ちも理解しているつもりです。セキさんと同じ見た目をしていて実は別の人なんて、気持ち悪いですよね」
「っちょ、ちょっと待って……!セキじゃないって、どういうこと……!?」
「この身体は確かにセキさんの物ですが、中身は別人ということです」
「別人……?わけが分からない……どうやったらそんなことに」
「私だって知りたいですよ……」
「なに、それ?あなたがやったんじゃないの!?」
「そんなわけ、ないじゃないですか」
「でも、でもっ!セキは戻ってくるって……!」
会話がエスカレートしていく。少女も泣き止み眉が釣り上がる。拳はギュッと握りしめられ怒り……かどうかは分からないが震えていた。しかしそれも治まっていく。
「……ごめん。カッとなった」
「いえ、気持ちもわかりますから」
「……他の人にももう伝えてるの?」
「まだです。これから学園長に話をしに行くところでした」
「そう、だったんだ」
「はい……」
会話が続かない。とても気まずい。
その様子を見かねてディンが間に入ってきた。
「はいはい!とりあえず仲良く、な?別にこれからも仲良くできないってわけじゃないんだしゆっくり仲良くなっていけばいいんだよ」
「別にセキさんに変わって仲良くしようとは……」
「そういうこというなって。友達は大事だぞ?」
頭に手を乗せられる。ディンがずっと上から目線なのに少しムッとした。こいつ……ナンパ野郎のくせにいい感じのこといいやがって。
「本当に違うんだね……」
少女から悲しげな呟きが漏れる。そちらを見やると少女は何でもないという風に手を振った。
「ごっごめん。なんでもない」
涙に濡れた頬をそのままに手を差し出してくる。
「あの、これは?」
「ワタシ、シラファっていうの。アキとこれからも仲良くしたい」
「でも私は別人で……」
「関係ないよ。それにワタシに友達になろうって恥ずかしいことまで言わせて断る気?」
「……そこまでいうのなら」
差し出された手を握ろうと腕を出す。こんな自分はシラファの友人に相応しいだろうかと逡巡したが、それより先にシラファがアキの手をむんずと掴んできた。
強制的に握手の形になる。
「うむうむ」
ディンはその後方で腕を組んで頷いている。
……アイツ絶対しばく。自分にしては珍しく汚い言葉を吐いた。もちろん心の中で。
「これからよろしくね、っと」
「……へ?」
何故かいきなり腕を引っ張るとシラファが懐に潜り込んできた。そして耳の横に顔を寄せ囁く。
「後でセキのこと色々と教えてあげる。その方が助かるでしょ?」
「い、いいんですか?大切なご友人のことを」
「平気、彼女そんなに堅気じゃないから」
「助かります」アキは軽く頭を下げると一歩離れた。地味に距離が近くて少しドキドキした自分に嫌悪感が走る。
再びシラファの顔を見るが、その顔は微笑んでいた。だがアキにはどうしてもそれが取り繕った形に見えてしかたなかった。事実、そうなのだろう。
彼女はその広い器からアキを受け止めてくれたが、それは並大抵のことじゃない。やっぱり友人だった人の皮を被った別人だなんて不謹慎だ。今は、一人にしてあげたほうがいい。
「それじゃ俺はお役御免ってところかな。シラファちゃんの方が学園のこと知ってるでしょ?」
「……いえ、そこまでしてもらうのはちょっと。また会う機会もあるでしょうからその時に。ディンには……まだ着いてきてもらうと助かります」
最後の一文だけは頼りっきりなのが恥ずかしくなってつい声が小さくなってしまった。ディンもそれを察したようで照れていた。
「そ、そうか!そこまで頼りにされちゃあ仕方ないなあ」
「ちょっと変なこと言わないで」
いちいち勘違いされるような言動をしてくるので脇腹を肘で小突く。
「冗談だって」ディンがヘラヘラした様子で降参のポーズをした。まったく、頼りになるといっても軟派なところは本当に変わらない。
「……仲、いいんだね」
「えっ?」
一瞬、余りに暗い声だったので誰なのかと疑ったが、それは間違いなくシラファの声だった。驚いて顔を見るが様子は変わらない。
「いえ、まあ……色々とお世話になりましたから」
「……そっか、うん。そうだよね。ちょっとお邪魔しちゃったみたいだしワタシは失礼しようかな」
「はい、また後で」
何だか不穏な空気を感じたが、シラファがこちらに背を向け去って行くとそれも消える。ディンと顔を見合わせたが彼も首を捻っていた。
「なんか、変だったな」
「……はい、よく分かりませんが複雑な事情があるのでしょう」
「嫉妬でもしたのか……?俺とアキちゃんが恋人に見えたってことなのか……?」
「はいはい、そうかもしれませんね」
また変なことを言い始めたディンの背中を押すが、非力なアキの身体ではビクともしなかった。
「速く学園長への案内をお願いします。頼れるのはあなただけなんです」
「そうだったな。アキちゃんも速く真実知りたいだろうし」
そうして、再びアキとディンは足を進めることになった。それに伴って聞き耳を立てていた生徒たちも消えていく。大スクープだと言わんばかりに走って去っていく人もいたし、きっとここでの会話は学園全体に広がるに違いない。
その方がこちらとしても助かる。変にセキだと思われるよりアキという別人と認識して貰う方が有り難い。シラファとの邂逅も果たしたし、状況は着実に良い方向に進んでると見ていいだろう。しかし……
「馴染めていけるのかな」
どうしても生徒達の間には壁が生まれてしまうと思う。シラファだってそれは同じで、今のところ信頼して話せるのは前の体の持ち主であるセキを知らないディンだけ。
セキはこの学園で何か大事な役目を持っていた。そしてアキはそれを継ぐことになる。内容が分からない限り想像することができないけど、不安しかない。
「前の学園ならまだしも、今のここなら心配することはないと思うぞ」
「……どうしてですか?」
「半年前まで随分と学園はピリついてたんだ。なんでか知らないけどここだけ魔物の襲撃にあう。今はそれもなくなって至って平和だ」
「でも私が不安なのはそういうのではなくて、人間関係とかもっと精神的な何かで」
「あー……なんていうのかな。別に死ぬわけじゃないだろってことだよ。もし人間関係が拗れたとしても死んだりはしない。生きてる限りはやり直せるはずだ」
「だから深く考えるのもどうかなって思う」頬を掻きながら付け足すように言った。
死ぬわけじゃない、か。確かにそうかもしれない。
……そうだ、やめよう。考えすぎることは。
「ありがとうございます、何だか落ち着きました」
ザワつく心を押し殺してお礼の言葉を述べる。
「そりゃ良かった。さて、そろそろ着くぞ」
ディンの言葉を皮切りに正面を見る。そこには両開きの大きな扉があった。扉には学園長室の文字がある。
ここに入ればおそらく全ての真相が明らかになるはずだ。知ることを知れば胸のザワつきもきっと治まる。
……きっと治まるはずなんだ。




