手掛かり
結論、アキが折れた。
決め手となったのがロウハ商店の一人息子改めディンがいないと学園に入れないということだ。
絶対俺がいた方がいいって!と力説をされたが後悔していないと言えば嘘になる。信用できないという話などではない。本当にディンが必要だったかという疑問だ。
ディンの話した内容によると、アキは学園内の教師と知り合いである可能性が高い。ならばそのことを学園に伝えたら通してもらえた可能性はあったし、場所についてもディンに聞く必要はなかったのだ。
「どうしてこうも……」
めんどくさい人に絡まれるんだろう。感謝はしてるけど、ちょっと図々しい。
「そういやさあ、君の名前は何ていうの?」
「アキと申します」
顔を見ずに前だけを見据えて答える。周囲から見たら素っ気なく見えたかもしれない。
「了解、アキちゃんね。君について行く事にしたのは下心があるからってわけじゃないのよ?俺だって学園に用があるんだから」
「へえ」
そうはいうが下心は確実にあるだろう。いくら用があるからといって相手が男性だったらついて行くことはしていないはず。ついアキは半目になりディンを睨むが、その視線を受けて彼はたじろいだ。
「嘘じゃないんだって!ほら、俺って商店の一人息子だし?商談とかも偶に任されるんだよ。今回だってこの前うちで見つけた珍しい宝玉を買い取りたいって言われて向かうわけで!……あ、ちなみにこの話内緒ね?商談の話漏らしたとバレたらいったいどうなるか」
「はいはい、分かってます」
「ほんと頼むよ?この前なんか親父ガチギレしちゃって――」いきなり早口になったディンを無視して少し考え込む。
自分が、いやこの身体が学園にいた。それ即ちこの身体がアキになる前の人格が存在したことになる。そうすると元の人格はどうしたのだろう。まさか、自分が消してしまった?
背筋が冷える思いがするが、目を背けることができない事実だった。なんとかして消さずに済んでいるような想像もとい妄想もしてみるが、何も浮かばない。既にこの身体はアキのものとなっているのである。では人格が消えていなかったとしてそれは何処へ?別の身体に?
そんなの現実的に考えてあり得る話ではない。前例として自分が存在するが、そうすると今度は乗り移った先の魂が、とループが発生することになる。
やはり、消してしまったとしか考えられない。
息を呑む。少し呼吸が荒くなってしまい深呼吸をした。落ち着きはしたが楽にはならない。
この嫌な想像は学園フィランセに着くまで無限に続いた。
「結構距離あったっしょ?」
「ええ、まあ……」
盛り下がった自分の気持ちとは別にディンはウキウキしていた。理由は分からない。けど実物の学園を目にするとそれも分かるような気がした。
「これが、学園?」
まさに城ともいえるような建物がそこには鎮座していた。高さはビルの5階建てくらいあるかもしれない。いや、もっとかも。
「この国知ってりゃ嫌でも目に入るはずなんだけどな」悩むようにくしゃくしゃとディンが頭を掻いた。
「速く入りましょう」
もしかしたらここで全てが判明するかもと心が急ぐ。なんだかただならない様子を感じてディンも急ぎ足になった。
学園の正門の前へ行くと警備兵に何かを提示し、門が開かれる。そこから見える景色は美しい庭園だ。中庭部分なのだろうがあまりにも広い。
「俺から離れるなよ?美人なんだから絡まれちゃたまらん」
「貴方みたいな人がたくさんいるようには思えませんが」
「いや俺みたいな人って……けどそんなこともないんだよ。結構性格に難がある人を知ってる」
「そうなんですか」
中庭を抜けて校舎に入ると生徒の姿がポツポツ見えてきた。大体男女が半々で一般的な共学制だろう。違いをあげるとすれば、とにかく廊下が長くて教室の数が多い。
それと一番の問題が、アキの姿を見ると人の波が割れ避けてくること。少し騒がしかった廊下は静かになり、多少の呟きだけが残っていた。
「なあ、アキちゃんここで何かやったりしたの?」
「やってない……はずです」
前の人格がいるため何があったかは分からない。ここの問題児だった、という可能性は十分にありえる。
曲がった廊下の先で女性の教員の姿が見えた。腕に大量の冊子を抱えて何か考え込んでいたが、視界の端にチラつく影が見えたのだろう。横目にこちらを見ると途端に挙動不審になる。どうしてか何度か冊子を降ろそうか降ろさないかを迷うと、結局近くにあった手頃な台に冊子を置きその場を立ち去った。
ディンからの視線を感じる。何を言いたいのか理解していたが身に覚えのないはなしなので言い返すこともしないで無視をした。
「進まないんですか?」
「あー……そうだな。うん、進もう」
変な女の子ひっかけちゃったかなあ……と呟きが聞こえた。しかしここまで周りから邪魔者のような扱いを受けると普段は温厚はアキもほんの少しムカムカした。
「一応伝えておくけど、俺は学園長の元に向かってる。アキちゃんがどういう立場の人間か知らないけど部屋には一緒に入れないだろうね」
「……問題ありません」
アキは怒るとそれを周りに吐き出すのではなく、逆に静かになるタイプだった。その様子を感じ取ったディンが顔を覗き込んでくる。
「もしかして拗ねてる?」
「拗ねてないです」
「いや絶対拗ねてるって」
「拗ねてないです!」
断じて拗ねてなどいない。言い張ったつもりだったが、ディンは変わらずヘラヘラ笑うままだ。子供みたいなやつ、とでも思われているのか。
「ま、気持ちは分かるよ。アキちゃん、記憶喪失ってやつでしょ?」
「……っ」
厳密には違う。だが似たようなものであり、図星をつかれて声を出すことができなかった。数秒の間沈黙が辺りを包み、気まずくなってディンの顔を見た。
……相変わらずのニヤケ顔だ。
「金持ちの息子は気楽でいいですね」
「金持ちではないんだけどなあ」
「働いてるようにも見えません」
「今絶賛仕事中なんだけど」
つい反抗したくなり文句を言う。それも虚しく軽くディンにあしらわれ、アキは頭の上にポンと手を載せられた。完全に子供扱いされている。
普通だったらそれを跳ね除けるはずなのに、やるせない感覚に陥りその気力も湧かなかった。
「いつまでそうしてるんですか」
「へっ?ああごめん。悪気はないん――」
大きな声が廊下の向こうから聞こえてきて咄嗟にディンが口を閉じる。声の元に顔を向けると先程の女教員が来ていた。後ろに誰か着いてきている……?
いやここに案内しているようだ。さっきここから去ったのは他の人を連れてくるためだったのだろうとアキは予想がついた。
「アキちゃん目当てっぽいけど?」
「かもしれません」
後ろから女教員について行っているのはこれまた男性の教員ただ一人。なんだか凄い形相をしており迫力がある。身長はディンより少し高いくらいで、伸びた髪を首元で結んでいた。
ムカつくことに顔が随分と整っている。男の自意識があるアキにとってその事実は恨めしかった。
男はアキの方へ辿り着くと両肩に手をトンと、いやそんな生温いものではない。ドンッと置くと屈み込みずいっと顔を突き出してくる。
「お前、どうしてここにいるんだ」
「……あの。顔が近いです」
どこからか舌打ちの音が聞こえてくる。多分ディンだ。イケメンに顔を近づけられて自分が照れていると思ったのかもしれない。
「仕方ないだろ。自前の報告もなしにいきなり現れたらこうもなる。とりあえず来てもらうぞ」
「えっ?ええ!?」
腕を引っ張られ無理矢理連れて行かれそうになった。反射で腕を引き抵抗をするが、そんなの関係ないと言わんばかり更に力を込められる。
自分の力ではどうしようもない、そう判断してディンに視線を向け助け舟を求めた。
「お、おい!彼女嫌がってるだろ!」
男の力が緩まる。チャンスだと思い、思い切り腕を引くとようやく離れてくれた。男の眉間に余計に皺が寄る結果となったがアキには関係ない。
「ん?いたのか」
「いたよ!最初から!あんたアキちゃんと知り合いなのか!?」
ディンは完全に男を敵視している。ナンパした女を横からかっ攫われそうになったのだから当然といっちゃ当然だ。
「アキ?誰のことか知らんがこいつとはまあなんだ、友人のようなものでな。お前はロウハ商店の者だと見える。商談があるのは知っていたが……丁度いい。お前にも来てもらおう」
「はっ!誰がお前なんかについていくか」
「商談はいいのか?」
「別に学園長のとこにいけばいいだけだ」
「そうか。では彼女は連れて行くぞ」
またも腕を掴まれる。
「ちょ、ちょっと待って下さい!着いていきますから引っ張らないで下さい」
「はあ……さっきからお前は何なんだ?家出でもしたいのか?」
「家出?ともかく私は逃げませんからそう焦らないで下さい」
男は腕を離すと眉間を手で揉む。先程より皺が増している。すっごい不機嫌そうだ。
「分かった。ゆっくり行こう。あー……そこのロウハ商店の者は学園長の元に行くのだろう?ではまた会うこともあるかもな。じゃあな」
先導するように男が歩く。ついてこい、ということだろう。定かではないが彼の言うことが本当であれば前の人格の自分と知り合いなようだし、しっかりと話を聞くべきだ。ついていく、という選択に迷いはない。
一つ気がかりなのはディンのことだ。まだお礼も何も言っていないのにここでおさらばなんてあまりにも酷い。
「……ちょっといいですか?」
「なんだ」
「彼に話したいことがあって」
男は嘆息すると、「分かった。長話はするなよ」
一言そういって目を瞑った。
案外優しいのかもな、そう密かに思いながらディンの元へと足を向ける。アキが声をかけるよりもディンの行動の方が速かった。
「アキちゃんさ、本当にアイツと友達なの?」
「どうなんでしょう。私にもまったく……」
「そりゃそうか。俺は学園長のとこ行くけど気をつけなよ?」
「ええ、気を抜くつもりはありません。それにまた会えるかもとあの人は言っていました。今はお礼の言葉しか言えませんが、そのときはまたちゃんとした礼をしますね」
「いいよいいよ。君と会えただけで十分だよ」
「下心は無かったんじゃないですか?」
「へっ?いやないない!うん、ロウハ商店の名にかけて!」
その慌てっぷりが面白くてクスッと笑みを零す。アキの笑みを見たディンが固まり顔を赤くした。
これまで笑みを見せなかったアキだったが、そのギャップにやられたのかもしれない。なるほど……この身体は想像以上にべっぴんなようだ。
「それじゃ、行ってきます。また会えることを期待してますね」
「お、おう!大変そうだけど頑張ってな!」
話を終わりを察した男が歩みを進める。アキはそれを見て手を振りながら別れの言葉を告げた。




