何故か美少女になった件
2024/06/18 学園の名前をエルドラドに変更しました
――生きることに必死だった。
名前も知らない世界で、何処かも分からない場所に放置されて、友人や知り合いもおらず、食料の目処も立たない。これ以上のない絶体絶命と言ってもいい。
唯一あるとすれば自分の容姿が整っているというのと、ちょっとだけ過去の記憶があること。過去と言っても多分それは前世というやつだと思う。
だって以前の自分はこんな姿をしていないし、こんな奇妙な世界に住んでいた記憶もないのだから。
……いやでも世界は広いわけで、まだ見ぬ場所も多いだろう。もしかしたら、ここみたいに剣や鎧を纏った人が時々闊歩する街だってあるかもしれない。
――あるかも、しれないんだよなあ……。
アキは一人街中をうろつく。考え事をするのであれば止まって考えた方がいい。そんな当たり前な考えが浮かんだが決して止まることはない。
おそらく、焦っている。まだここに来てから時間もあまり立っていない。精神はざわついたままで頭の中もごちゃごちゃだ。
ほとんど無心の状態でアキはひたすら歩いて行った。そこでコツンと軽い衝撃が走る。
「ぃった……」
「おいおい、嬢ちゃんどこ見て歩いてんの?」
軽く頭を抑えて前を見るとどこにでもいそうな男がこちらを見ている。特徴を出したいのか腕に金属を巻いたりしていてちょっとチャラい。
そうやって視線を巡らせる中、腰に光沢を放つ何かを見つけてギョッとする。
――慣れない。
どうやらここの人たちは武器を持つことに禁忌や抵抗を持たないらしい。最初は警官か何かかとも考えたが皆が三者三葉な風貌をしているところを見ると違う気もした。
「すみません。失礼します」
あまり関わらない方がいい。咄嗟の判断で頭を下げながら男の脇を通ろうとする。すると今度は男が並走して向かってきた。
「……いや、ごめんごめん。これも何かの縁だよね。君、運命って信じてたりする?」
態度が一気に豹変した。不機嫌な表情から取り繕った笑顔に。どことなくこちらを探っているような気がする。
何だ何だ一体どうしたんだ、と不気味になるのが一般的だがアキはもう学習していた。
これは所謂ナンパというやつである。
自身の容姿が優れていると気づいたのもこのためだ。実は鏡なんて存在すら確認していない。それに加えてナンパしてくるのは全員が男という事実。この地に降り立ったときから気づいていたが、自分は女らしい。しかも年若い少女の。これでも過去の記憶は男性だから性自認は男なんだが……。
目覚めた当初はかなり錯乱した記憶がある。けどもう大分落ち着いた。
その他の情報をまとめると、詳しい年齢は分からない。身長もメジャーがないため不明。大体の予想はつくけれど160は多分ない。髪の長さとかだったら……まあわかる。背中の半ばくらいで銀色をしていた。
一瞬、ん?とその時は目を疑ったがとりあえず見逃すことにした。アキの常識では銀髪の地毛というのは存在しなかったからだ。
ともかく、そんなことは些細なことなのである。今はこの男の対応とこれからの展望の模索だ。
「運命なんてめったにないと思いますけどね……」
本当だったらすぐ拒絶してやりたいところだが、腰元のナイフがチラつく。あれを向けられたら抵抗のしようがない。それに単純な力比べでも負けてしまうだろう。
「俺はあると思うんだ。だって君のことどこかで見たことあるしそれに――――」
アキは空を見上げながら男の言葉を聞き流す体制に入っていたが、自分を見たことがあるという言葉を耳に入れ一瞬足が止まる。
唇を軽く舐めて乾きを誤魔化し声が震えないよう聞き返す。
「少し、詳しくお聞きしても?」
まさかの自分の手がかりに心臓がバクバク鳴るが平静を装ってそのまま足を進めた。しかし、違和感に気づく。男の反応が何もない。不思議に思って振り返ると、今度は男の方が足を止めていた。
「ナンパ成功ってこと……?」
何言ってんだコイツ。
つい渋い顔をしそうになったがアキは表情筋をキッと引き締めた。ついでにそんな男の様子を見て馬鹿らしくなってくる。
緊張して損した、と。彼は随分と感情豊かな男性のようで荒くれ者の雰囲気はない。よく見れば見た目は小綺麗で今までのナンパ野郎と比べても随分と違う。
ともあれ、いきなり殴られる心配はなさそうだ。話を聞くだけなら少しついて行ってもいいかもしれない。
あとは何よりも大事なことが一つ。
――――とても、お腹が空いた。
会話のついでに喫茶店か何かで料理をせびってやろう。ほんの少しの悪が心の中を渦巻いた。
「あっごめん。何かは分からないけど気になる話でもあったのかな?けど興味持ってくれたようでお兄さん嬉しいよ」
「そ、そうですか。それはよかったです」
引き攣りそうな頬を抑え込む。できるだけ友好的に、穏便に。それでいて食事のできる店に誘導できたらもっといい。
……けどやっぱりそんな度胸はなかった。
自分より背丈が高い人というのは案外怖いものである。顔を見ようとすれば上を見上げないといけないしいいことがない。
「今はお暇ですか?」
「うん暇だよ。そうだね、話だったら……」アキはチラッと近くにあった喫茶店に目を向けた。
「じゃああそこにしようか。もちろん代金はこっちでね」
心の中でガッツポーズをする。直接口に出す勇気はないけれど、間接的にだったらある。いやまあ、察しがよくて助かった。なんだかんだでどこかのお店に寄っていた気はするけれど。
だってかわいい女の子にナンパが成功して話がしたいって言われたらとりあえずお洒落なお店につれていくものだろう。杞憂だったかもしれない。
「はい、ありがとうございます」
少しでも印象を良くしたい。深めのお辞儀と共にお礼の言葉を返した。
「いいのいいの。これくらいの甲斐性はなくっちゃね」
あれ、良い人?
彼への印象のレベルを一つ上げる。ただのチャラ男からちょっと紳士に。
なんだかいたたまれなくなってアキは視線を逸らす。ちょっとの罪悪感があったがそれを誤魔化すように喫茶店へと先導して足を進めた。
奢られるのに前を歩くなんてあまりいい態度でない自覚はある。けどそんなことで自責を感じる自分は生真面目なのかもしれない。
「いらっしゃいませー」ウェイトレスの言葉を流しながら適当な席に腰を据えた。壁際を選ぶところにアキの性格が表れている。続く男はアキが座っている前まで行くと一瞬迷い正面の席に座ることにしたようだった。
……今隣に座ろうとしたな?
「えーっと、君が俺の運命だって話だったかな?」
「違います、私を見かけたことがあるってお聞きしたので」
「あー、そっちか……。何でそれが気になったんだい?」
「それは……まあ、色々とあるでしょう」
男の目が少し細くなる。だるそうに机に肘をつくと「ふーん」と唸ってしばらくしてから「まぁいいや」と呟いた。
「それで?どこで見たか聞きたいわけ?」
「はい。私に関して知ってることをできるだけ全て」
「うん。いいよ、そうだな。あれは――――」
今年の初月あたりだったと思う。その文言を始めに男は語り始めた。途中でウェイトレスへの注文を挟みつつ。
まずアキを見つけたのはこの国――レイヴンと言うらしい――の学園エルドラドだそうだ。あの時は学園自身が我が校の教育環境を見せるためにと公開授業をしていたらしい。
もちろんその分警備もしっかりしていたし、ある程度の身分が保証されていないと見学は出来なかった、と彼は付け加える。
そんな学園の中で見かけたのがアキ。アキは他の生徒とは違い制服ではなく私服を身に着けていた。疑問に思う見学客も少なくなかったらしいが、自分達と同じように見学しているだけだと納得をしたらしい。そう言う男もそうだと思い込んでるようだった。
ただ、不思議に思ったのがアキの周りには教員と思われる人が一人ついていたこと。そこがどうも引っかかるらしい。
「さっき顔を見て人違いかとも思ったんだよ。けど俺がこんな可愛い娘を見逃すわけないからね」
「可愛いんですか、私」
「そりゃ飛び切りさ」
つい微妙な気持ちになって沈黙してしまう。けど与えられた情報はとても美味しい。ついでにいうと、注文してくれたパンケーキやカフェラテもとても美味しい。
「ふう」と嘆息すると決心をしてアキは立ち上がり、男を見据えた。
「パンケーキありがとうございました。よければ学園の場所を教えて頂けませんか?それと貴方の名前も」
「もしかして君向かう気?いくら王国内だからといっても距離があるよ」
「……」
「案の定訳ありみたいだな。大体想像はつくけど」
「お願いします。どうか教えてくれませんか?」
男はこめかみに手を当てるとコーヒーを飲み干し席を立ち上がる。
「いいよ。教えてあげる。けど条件があるんだ」
「条件?」
「俺を連れて行くこと」
何か目的が?密かにアキは思った。彼を連れて行くことのメリットはなんだ。男よけになる?道に迷わない?それとも顔が利く?
どちらにせよデメリットの方が大きい事にアキは気づいていた。もしも、地理に疎いアキが嘘の道を教えられて路地裏にでも連れこまれたら。その時点で終わりだ。一発アウトのデメリットと少し恩恵があるメリットだったら、そんな博打はかけられない。
「申し訳ありませんがお断り――」
「俺の名前はディン=ロウハ。レイヴンで名高いロウハ商店の一人息子さ。俺がいれば顔パスで学園に入れるよ」
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私のモチベもその分グーンとあがるでしょう!