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信頼

 時は進み、自身の体質が発覚したあの日から数週間後。アキはついに退院を果たしていた。


 イヴァンに事件の本末を聞いてからというものの、ベッドの上で過ごす毎日。怪我は完治しているというのに、見た目がグロテスクなために医師には勘違いされ、帰してもらえず。


 現状では微かに跡が残っているだけになり、ようやく問題ないとの判断を貰えた。自身の体質について、病院ではひた隠しにしていたが、ついには最後まで何故かバレることはなかった。


 そして、そんなアキだったが、今はどこにいるかというと――


「前みたいに部屋を荒らしたら追い出すからな」


 またもイヴァンのお宅に居候していた。端から見たらカップルにでも見えるかもしれない。想像しただけでも吐きそうだ。


 しかし、それでもここに居座るだけのメリットがアキにはある。


 まず1つ目、イヴァンはアキの実情について理解してくれているということ。エステルは変な実験してきそうで怖いし、セシルはセキに対して恋心抱いてたし、シラファはまだアキに思うところがありそうだし。

 イヴァンもイヴァンでセキとかなり親しく、以前は同棲してた疑惑があるが、そんなことはおくびにも出してこない。


 2つ目は、誰かと一緒に過ごすことで、この世界の常識を知ることができること。アキはあまりにも常識を知らなすぎた。お金の単位も分からないし、やってはいけない行動や仕草も。こんな状況で外に出るのはあまりにも危険だ。


 3つ目は、ご飯を提供してくれること。以上だ。


 やはり3つ目が一番大きい。他2つはまあ目を瞑ってもいいかなとアキは思っている。ひもじい思いはしたくない。ご飯の力は偉大なのだ。


「そんなことしませんって」


 イヴァンに対してアキは遠慮などするつもりはない。実際この言葉も建前でしかなく、室内を物色する気満々だった。


 何故ならイヴァンは思ったことをすぐ口に出すタイプであり、表情も隠さない。そんな人に対してアキも遠慮する気は毛頭ない。アキはやられたらやり返すタイプだ。


 ……それに調べたいことがあるし。


「……はぁ。とにかく私はここを出る。少ししたら戻って来るが、暇なら外でも散歩するといい」

「授業でもするんですか?」

「いや、ちょっとした準備だ。そこまで時間はかからん」

「なるほど」


 うんうんと頷く振りをする。あまり時間がなさそうなのは残念だが、脳内ではすでに探索ルートを模索していた。


「だから、だ。変な気は起こすなよ?その方がお前のためだ」

「だ、だからしませんって」

「そうだといいがな……」


 少し俯いてから玄関に置いてあるカバンを取るとイヴァンが去る。去り際の顔はどことなく悲しそうに見えた。


 そんなに家を物色されるのが嫌なのだろうか。あんな顔をされてしまったからには、アキの良心も多少は痛む。


「少し見たり触ったりするだけくらいに抑えておこうかな……」


 イヴァンが言うからには部屋を荒らさなければいいみたいだからね、と心の中で言い訳をしつつ周囲を見渡した。


 そんなアキの探したい物はというと、


 ――ここの元同居人の持ち物である。


 前回訪れた時にイヴァン本人から女性の同居人がいたと話を伺ったが、それが実はセキなのではないかと疑いを持っている。理由は色々あるが、同居人がいたのは間違いないだろう。


 女性物の服や不釣り合いな恋愛本を持っていたのはやはりおかしい。


 一度耳を澄まし、イヴァンの足音がないこと再確認してからイソイソと歩き出した。


「ぇ……っと」


 まずは前回見つけた恋愛本を確認してみよう。あそこにはまだ手がかりがあるかもしれない。もしかしたら本の栞代わりにプリクラ的なものがある可能性も。


 ここだろうと目星をつけた場所の本を抜く。記憶の限りでは収納されている本の奥のスペースに隠されるよう置いてあったはずだ。


 ……だが、


「無い」


 荒らさないという心の誓いも忘れて本を一冊一冊出していく。場所を間違えたかと何度も何度も本を出しては確認するが、間違いなく以前まで存在していたあの本は無くなっていた。


 ――明らかにおかしい!


 額に手を当てて考え込むが、その前に本を片付けなければと戻し始めた。その最中に思ったことは、やはり隠されているということ。


 以前にここに訪れてから数週間、隠せる時間はたくさんあったはずだ。動機は分からないが、可能性としてはあり得る話だ。

 そもそもの話、今はいない同居人の私物をそのままにして置いていたのがおかしい、とアキは思う。


 そこで最後の一冊を仕舞い終えた。

 本棚の前で膝立ちになったまま頭の整理をするが、結局分からないことに変わりはない。なら新たな手掛かりを探せばいい。


 アキは立ち上がり一歩踏み出した。まだ確認したい物は一つ残っていたのだ。


 それは同居人が着ていたと推測される女性物の服である。


 あれはサイズがアキの……いやセキの身体と一緒だった。さすがに見逃すことはできない。その服がある場所にはきっと他の私物もあることだろう。


 それを探すにあたっての問題は、本と違ってどこにあるか分からないということだ。つまり虱潰しに探さなくてはならない。


 幸いなことにこの地下室は部屋の数は多くなく、見える未知の扉はあと2つだけ。風呂場は既に入ったため除外している。


 まずは風呂場正面の扉に入ることにした。そろそろイヴァンが帰ってきそうで怖いが、無視して手を掛ける。


 扉を開けて見えたものは、フローリング、壁、壁、壁、天井。

 つまりは何も無い。ただの空き部屋。


「何この部屋……」


 少々気味が悪く呟いた。

 今まで生活感のあった空間に突然の無。その不釣り合いさに身震いする。ここが地下空間だからというのも大きいだろう。窓も無ければ薄暗いし、空気だって湿っぽい。この部分だけ見れば幽霊が出てもおかしくない空間だった。


 そっと扉を閉める。

 あの部屋には何もなかった。その事実だけでいい。アキは気分を切り替えて次の部屋に行くことにした。


 もう一つの部屋はこの空き部屋のすぐ隣だ。よく考えてみれば、ここはイヴァンが良く出入りしていたなと思いながら扉をゆっくりと開ける。顔を出して中を確認するが、普通の部屋のようだった。


 生活感はある。だが質素な部屋だ。ベッドに机、椅子、クローゼットと最低限のものしかない。布団は綺麗に畳まれていて、机の上は何も無く随分と整頓されている。

 十九八九イヴァンの部屋だろう。


「こういうところくらい人間っぽさ出してくれたらいいのに……」


 呟きながらも机の引き出しやベッドの下と物がありそうな場所を探索していく。しかし何も無い。

 一番期待をしていたクローゼットには、よくある部屋着やフォーマルな服装しか存在しなかった。女性物の服など欠片もない。

 ここで探索はもう終わり――そんなことは無かった。


「……」


 部屋の隅へ目を向ける。そこにあるのは一枚の布の仕切り。天井からぶら下げられているそれは、何かを隠すよう存在していて異色を放っていた。


 恐る恐る近づいて布を捲ると、その奥には重厚な扉があった。金属でできた扉ではあったが、鍵らしきものはついていない。

 アキにとって開けることは容易であった。


 床には擦られたような後。きっと何度も出入りしていたのだろう。


 ドアノブに手を掛ける。金属特有のひんやりとした感触が伝わってきた。

 今更躊躇うつもりなんてない。


 思い切り扉を引っ張る。だが扉は思ったよりも重く、僅かに開け放たれただけ。ただそれだけでも異常は伝わってきた。


「うっ、臭い……」


 扉の隙間から漂ってきたのは何とも言えない異臭だった。アキは思わず鼻をつまみ、一歩後ずさる。


 こんな匂いのする場所にセキの私物があるわけがない。心の中では分かっていたが、好奇心を抑えることはできなかった。

 ほん少し開いた隙間から中を覗き見る。より異臭が強くなりつい顔を顰める。


 ――薄暗くてよく見えない。


 ここは地下室だ。よって窓は無い。この謎の部屋を照らしてくれているのは、イヴァンの私室の天井に付いているライトだけ。


 目を凝らしてよく見てみる。そうすると段々と慣れてきたのか、シルエットや色が分かるようになってきた。


 全体的な色合いは赤く見える。作業机のような物があり、その上には色々な道具。更に奥には……あれは、もしかして人間の頭――


「おい、何をしている」


 アキの肩が大きく跳ねる。顔を俯かせたまま横をチラリと見ると男性の足が見えた。

 足音が聞こえなかった。それだけ集中していたようだった。


「部屋を荒らすな、と言ったはずだが?」


 その声には冷たさが漂っていた。アキは咄嗟に言い訳を考えたが、何も思いつかない。そもそもの話、顔を合わせるのが怖かった。あのような部屋を見て、まともに対応できるはずがない。


 ……大きく、息を吐く。無理やり頰を持ち上げ笑みの表情を作る。そして一思いに振り返った。


「あ、荒らしてなんかないですよ!ちょっと見てただけですって!」


 イヴァンはアキの頭越しに金属の扉を見ている。微かに扉が開いているのは完全にバレていた。異臭も漂ったままで、イヴァンにも届いているはずだった。


「……そういうことにしておいてやる。次はないぞ」

「……」


 この部屋を見たことに対する反応は一切なかった。しばらく立ち尽くしていたイヴァンだったが、眉間を手で揉み金属の扉を閉めると部屋を出る。

 アキも遅れてそれに従った。


 先程の光景を思い返す。

 シルエットでしか分からないが、あの形は人の頭の形に見えて仕方なかった。色合いが赤かったのも大きいだろう。よく考えてみれば異臭だって血の匂いだった気がする。


「……っ」


 全部、憶測の話だ。確定事項なんて一つもない。アキの第一印象がそうだったせいで嫌な想像をしていた、そんな可能性もある。


 ……分からない、イヴァンのことが。表情も豊かではないし、口数も少ないし、出会った当初からそうだった。強引で、遠慮がなくて。


 けど、面倒見が良くて案外気を使えて。

 イヴァンのことを信じたい、それがアキの心情だ。しかし……それは現状において難しいと言わざるおえなかった。

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