機転
短めです
そんな中、女の子の一人が手をかざし魔法をかけてくれる。
「き、気休め程度だけど……」
アキの身体が淡く光るとスッと痛みが治まる感じがした。無論、完全にではない。少なくとも動ける程度にはなったという感じだった。
強張っていた身体から力を抜く。これなら逃げれるもしれない。
「……助かりました。化け物はどこに?」
「あそこで先生達が抑えてる」
指を差された方向では、騒ぎを聞きつけたのか他の教員達も参戦していた。流石に多勢に無勢で一方的にボコボコにやられている。このままいけば化け物は簡単にやっつけられるだろう。
「と、とりあえず離れましょう」
急ぎ足でこの場を離れる。唯一無事な左足を使い、遅いスピードだが進んでいった。だが嫌でもグチャグチャな右腕が見えてしまう。全身の傷口から出血もして血の足跡を作っている。振り返って自分が倒れていた場所の血溜まりを見るが、あんな量の血を失って生きていけるのだろうか。
なんだか身体の芯が冷えてる気もするし、頭がぼーっとして視界も覚束ない。痛みは無くなっても出血だけは抑えようがないのだ。
そんな状態でも動けているのはある種本能というものだろう。
これからの自分自身のことを考える。足と腕は最悪切断かもしれない。運良く残っても深い障害が付き纏うはず。想像したくないほどに展望はない。世界を呪いたい気分だ。
「……ぅぐっ」
気持ち悪くなって足を止める。できるだけ楽な姿勢でいたくてうずくまった。子供達は心配そうに声を掛けてくるがそれすらも煩わしい。
必死に呼吸をして息を整える。事態は最悪。本当に死んでしまうかもしれない。もう歩ける気もしない。
ふと、そのままの状態でいると子供達が離れていく感覚がした。嫌な予感がして顔を上げる。「逃げて」と口を動かす子供達と、遠くには血塗れの状態でこちらを睨みつける化け物。教員達を掻い潜りこちらに迫っている。
頭が真っ白になる。
――なんで自分を……?道連れにするつもりなのか?
逃げることはできない。抵抗する気力もない。あるのは思考だけ。そこに、誰かから唯一の対抗策が投げかけられた。
「魔法を使え!」
考えもしない方法だった。魔法ならきっと頭さえ働けば発動できる。だからこの場では最善の手でそれ以外ありえない。でも、そもそも肝心の使い方が分からない……!
魔法は数式と聞いていたせいもあって余計イメージも湧かない。感覚で発動はできないと言われているみたいだし、ド素人のアキには無理な話だった。
少しでも魔法を使えるようにしていればよかったのに。無念の気持ちで泣きたくなる。
しかし生きることへの渇望を忘れたわけではない。ああでもない、こうでもないと思考を巡らす。そして、何故か頭が冷える感覚がした。
――魔力を感じて。
誰かの記憶だった。知りもしないのにどうしてか魔法の使い方が分かる。……いや、違う。実際には理解していないのに、この身体の勘に従えばおそらく行使できる。そんな気がしていた。
冷えた頭の中で集中する。すると空中に光の粒のようなものな薄っすらと見えてくる。あとはどうすればいいかはすぐに分かった。
勘に付き従ってその粒を動かす。触れもしていないのに考えれば勝手にソレは動いてくれた。感覚で言えば水をかき分ける感覚だった。
目の前を見ればあの化け物が迫っている。でも遅い。それよりもきっとアキが魔法を行使するほうが速くなる。だから安心して魔法を発動する。
瞬時に展開される魔法陣。それはアキの盾になるよう展開され光の膜となる。新鮮な感覚だった。見たことない魔法をやり方も分からず使って。
きっとこれがセキの記憶という奴なのだろう。彼女の意思がなくともこの身体がそうさせてくれた。セキにとって魔法は身体が覚えるほど使いこなしていたものだったということだ。
直後に化け物が光の膜にぶつかる。僅かに表面が散り弾けた。それでも破壊には至らない。
その様を見てアキは僅かに萎縮してしまう。平気と分かっていても巨体が襲ってくるのは怖い。化け物は絶対に壊してやると言わんばかりに顔面を光の膜に押し付けているし、こんな明確な殺意を感じたのは初めてだ。
ともかく後はここから離れて教員達が来るのを待つだけ。脳内リソースの一部は魔法の維持に割きながら立ち上がろうとする。
「……ぁっ」
すぐに目眩がして尻餅をついた。……貧血だ。
今まで頑張ってきた反動が来たのか今回だけは結構まずい。意識を失いかけているのが自分でも分かる。閉じようとする瞼を無理矢理開けるが、段々と下がってくる。
それに伴って光の膜も点滅し始めた。意識が途切れかけてる証拠だ。なんとか魔法だけは維持しないと、そうしないと死んでしまう。分かっているはずなのに、どうしても意識を鮮明に保つことができない。閉じられる瞼、もうほぼ消えかけている光の膜。
意識を失う直前、このまま気絶して痛みもないまま殺されるんだったら、別にそれでも悪くないかな。最後に諦めかけた自分の心がホロッと溶け出してきた。