プロローグ
空気が震えている。
炎、水、雷。様々な色や形の光弾が交差している様はまるで戦場のようだった。
それらを放っているのはまだ10代半ばの子供と大人達。尤も、最前線には大人が立っている。標的はこの敷地のど真ん中に鎮座する巨大な龍だった。
龍には足がなかった。蛇のような長い身体をうねらせ空中を自由自在に動いている。動く度に強い風を巻き起こし近づくことは敵わない。
「いつものこととはいえ、今回は骨が折れそうだ」
口を開いたのは前線に立つ長髪の男。顔は整っているが髪を首の後ろで乱雑に結んでいる。手には短い杖を持ち、空中に何かを描くよう動いていた。
その他にも大勢の面々がいる。しかし、この状況下において攻撃をできているのは杖を持った者だけ。剣を使っている者は空中にいる相手を睨みつけることしかできていなかった。
「これで上手くいくといいが……」
動かしていた腕を止める。男の目の前には複雑に線が交わった魔法陣がある。杖の先を龍へと向けるとそれを解き放つ。
瞬間、激しい紫の光が生じ、龍の周囲を何かが覆った。
「……ッァァァガガガガァァァ!!!」
叫び声のようなものが龍から上がった。長い身体を力の限りに振り回している。その度に龍の身体が周囲の膜に当たり閃光が弾けた。
「くっ……!」
男は歯を食いしばる。それと同時にこれまで以上に力を込めた。
暴れていた龍だったが、その首の位置がどんどん下がっていく。気付けば龍は空中から地に落ちていた。よく見ると身体が微弱に振動している。何も龍が弱ったわけでも自ら降り立ったわけでもない。空間の重力操作により無理矢理押さえつけられたのだ。
「セキ!いるか!?」
顔中に汗を浮かべた男性は力の限り叫んだ。
「すみみせん!お待たせしました……!怪我をした生徒たちの治癒と埋もれた人の救出を――」
どこからともなく少女の声がすると遙か後方から銀色の髪を靡かせ少女が飛んでやってくる。男は焦ったように声を上げ少女の声を遮った。
「そんなことは分かっている……!速くしろ!」
「は、はい!」
龍の様子を見た少女は急いで飛び出すと、そのまま目の前に躍り出た。男を含めた全員の人間がそれを見て勝利を確信する。「これで安心だ……」と。
凄まじい勢いで少女の目の前に魔法陣が構成される。杖を持たず、腕も動かしていないのに独りでに魔法陣がだ。その大きさはとても大きく、龍と同じくらいと言っても過言ではない。
もう少しで魔法陣が完成する。少女が最後の一画を構成するその時。
――どこからともなく一本の矢が飛んできた。
標的は銀髪の少女、誰もがそう思った。だがそれは違った。
「……ぅぐっ!?」
苦悶の声をあげる男。放たれた矢は龍を縛る魔法を行使していた男に突き刺さっていた。矢の刺さった脇腹から血が赤黒い染みとして服に滲み出る。
たまらず膝を付いた。
龍の縛りが解ける。ここまで一瞬のことで、何よりも突然の出来事に誰もが理解が追いついていない。
そんな中、解放された龍が目の前の少女に襲いかかるのは当然のことだろう。大口を開けて龍が喰らいつこうとする。
「……間に合え!」
だがそれよりも前に少女は先程の魔法を破棄して新たな魔法陣を構成してみせた。それに伴って生成されたバリアはかろうじて守れればよかったのだろう最小のものだった。
バリアは突撃してきた龍の頭に当たると僅かに反発する。しかし力虚しく耐えきれずに光の粒子となって消えた。
が、そのお陰で龍の方向が少しズレ少女の肩や脇腹を抉るだけで済む。少女の顔が苦痛に歪んだ。
前線にいた大人達がその間に魔法を唱える。新たに生成される大きな盾。いくら全員で唱えたといっても各々の能力は少女一人に劣っているし、たかが数秒で組み上げた魔法。数秒持てば良い方だった。
「……だ、めっ!」
脇腹を押さえた少女が凄まじい突風を巻き起こす。それは龍の横っ腹に当たるとその大きな身体を吹き飛ばした。
攻撃力こそは無いものの、宙に浮いている敵においては最善の手といってもいい。
「……はっ、はっ……あぁ」
少女が崩れ落ちる。意識を失いそうになるが、顔だけは上げ龍の行く末を見つめていた。
龍はそのまま風に押されたあと脇にあった建物にぶつかる。いくら耐性を強くした建物とはいえ巨大な質量の塊であるバケモノにぶつかられては一溜まりもない。激しい音と共に壁や天井が僅かに残って崩れ落ちる。埋まっていく龍の身体。
倒壊寸前で隙間だらけになった建物に目を向けた時、銀髪の少女は目を瞠った。
「なっ……なん、で」
そこには少女に親友とも言える大切な友人いた。少女の頭に嫌な想像が浮かぶ。
このままだと死んでしまう。倒壊した建物に埋もれて、もしくは起き上がった龍に喰われて。
そう考えた少女の行動は速かった。腹から臓物を垂れ流しながら瞬時に移動する。身体に動く力は残っていないために魔法の力で強制にだ。少女にとってはその間の長さは遅く感じたが、傍から見たら一瞬の速度だった。
自身の身体のことを顧みないスピード。本来ならばとてつもない圧で激痛が走っただろうが、既に相当な傷を負った少女は痛みを感じなくなっていた。
頭がフワフワしていて思考力も低下している。頭の中を巡るのは守らなきゃということだけ。
龍が起き上がるよりも速く少女は親友の前に出た。平気そうな親友の姿を見て安心する。
「よかっ、た……」
「……え、セキ?よかったじゃないよ!速く治療しないと!」
傷だらけ、というより死にかけの銀髪の少女――セキの姿を見た親友の女の子――シラファは驚愕に顔を染めると急いで駆け寄った。
「……あぁ。この傷じゃ、もう」
魔法の力で強制的に姿勢を維持させているセキの傷口をシラファはすぐさま確認する。腹部や肩に手を当てたせいで彼女の白い手は真っ赤に染まったが些細なことだった。
「……はやく、逃げて」
呟くような声量でセキが伝える。それを聞いてシラファは更に泣きそうな表情になった。
「なんで、なんでワタシのところにきたの!?ほっといてくれればっ!」
「あなたが親友だから。守らないと」
「……っ!」
シラファが涙をこらえるかのように唇をキュッと結ぶ。それと同時に決心もした。
「絶対に、死なせたりしないから!」
あまり刺激をしないようにゆっくりとセキを背中に負う。お互いの体重はほぼ一緒。歩くだけでも精一杯だったが一歩一歩着実に進んだ。
――刹那、ガチャッ……と微かに何かの音がシラファの耳に届く。
嫌な予感がして咄嗟に振り向いた。だがその時にはもう目の前に矢が迫っていた。
声を上げる間もなくシラファの顔にその矢が――突き刺さることはなかった。
セキが盾になった。魔法の力で宙に浮いたセキはシラファを突き放し自分の身でその矢を受けたのだ。龍に抉られたのが右の脇腹とすれば、矢を受けたのはその反対。
身体中穴だらけの少女だったが対称的にその顔は苦痛に染まっていない。目は虚ろで、宙に浮いてはいるものの腕や足は無気力にだらんと下がっている。
「私のことは、いいから。逃げて、もう……限界みたい」
「……っこんなこと!」
シラファは目から涙を零すとキッと矢の飛んできた方向へ目を向けた。そこには誰の姿もない。もう逃げたのだろう。
脅威は去った。けれどセキは満身創痍で助かる見込みもない。ついシラファは床に崩れ落ちた。
瓦礫だらけの暗い闇の中、響くのはシラファの啜り泣く声のみ。心の中ではとっくに気付いていた、セキが助からないことくらい。それでも諦めたくなかった。諦めなければどうにかなるって目の前の少女が教えてくれたから。
だったら……最後くらい全力を尽くして終わろう。シラファの目に炎が灯る。顔を上げ立ち上がりセキを持ち上げる。
その顔に一筋の光が降り立った。比喩でもなんでもない。実際に瓦礫の隙間から光が差し込んだのだ。瓦礫の崩れる音がする。どんどん隙間が増え、ついには空が見えるようになる。
そしてそこに影が差した。目の前に広がるのは隙間からこちらを覗き込む大きな、大きな龍の瞳。
龍が唸り声を上げる。ようやく見つけたぞ、と言うように。
決心を決めたばかりだというのに圧倒的な大きさのバケモノを前にしてシラファは動けなかった。胸一杯に広がるのは絶望、恐怖。傷だらけのセキをギュッと胸に抱く。
「ごめんね……」
セキはそっと添えるようにシラファの腕に手を置いた。「えっ……?」と戸惑うシラファを無視してその中から抜け出す。
突如現れ独りでに動き出す青色の線。それは高速に動き止まったときには一つの魔法陣が描かれていた。先程の小さいサイズのものではない。人の高さと同じくらいの大きさだ。
魔法陣は空気に溶け込むように消えると龍から少女を守るように結界として広がる。
しかし、一ついうとその範囲はセキを含んではいない。シラファを守るためだけに行使された魔法だったのだ。
シラファは察した。彼女は……セキは何かをする気だ。止めなきゃ、どうにかしなきゃ……!と。
セキが口を動かす。結界に覆われたシラファにその音は届かない。だが何を言ってるか分かった。
『大丈夫、また会えるから』
脳が意味を理解した瞬間、涙がとめどなく溢れていく。顔をくしゃくしゃにして思い切り叫んだ。
「まってっ……!」
瓦礫を強引に押しのけ更に龍の姿が明らかになる。顔を無理矢理捩じ込んだ龍は大口を開けセキに突撃した。
セキに抵抗の様子はない。まるでそれを望んでいるかのように。
――龍が近づきそのサイズがどんどん大きくなる。
――セキの鼻先に龍の顔が広がる。
――そしてその顎が段々と閉じられていく。
その一瞬の流れがシラファはゆっくりに見えた。閉じられる前のセキの顔も鮮明に浮かぶ。
だって、彼女は最後に虚ろな瞳のまま笑みを浮かべていから。
その後のことは速かった。セキを飲み込んだ龍の腹がぶくぶくと膨れると爆発し身体が捩じ切れる。即死だったのだろう。それっきり龍が動くことはなかった。
爆発の範囲はとても広く建物をかなり吹き飛ばしていたが結界に守られていたシラファだけが残る。
呆然と龍だった生き物がいたその場所を見つめる。
「嘘だったら……許さないんだから」
最後に見えたのはこちらにかけてくる大人の面々の姿だった。
◇◇◇
セキが亡くなる前、シラファはセキからこんなことを聞いていた。
「もう、なんでそんなに怪我して。もうちょっと自分を大事にしてよ」
「えへへ、でも平気ですよ。私死にませんから」
「なにそれ?死んだら終わりでしょ」
「……うーん。説明が難しいんですが、私は普通の人ではないですからね。身体がなくなっても蘇れるんですよ」
「また馬鹿なこと言って……。そういうことにしといてあげる」
シラファは『身体がなくなっても蘇れる』、その言葉を信じ待ち続けた。
だが……そこから半年がたった今でもセキが蘇ることはなかった。
読みやすい文章であるという自信がないのでおかしい部分があれば感想にて教えてくれると嬉しいです!
シナリオでの違和感も指摘下されば改善させていただきます!




