清純を望む姫
亡くなったお母様は、最期にこう言った。
「清く、きれいな女でありなさい」
そうして私に、忘れ形見として魔法の手鏡をくれたのだ。
王の正妻でなかった母。その母が流行り病で亡くなり、娘の私は厄介者として、従者とともに森へ送られた。
用意された小屋で私は魔法の鏡を頼りに、お母様の望む清純な女性になるべく努力を続けていた。
この魔法の手鏡は、心の汚れを映し出す。
この鏡がまっさらで美しくあることが、私の清純の証。
でも、これが美しく輝いたことなんて、一度もなかった。
「飾っていた花ですか? もう交換しておきましたよ」
もう少し見ていたかったな。
「お嬢さんはこっちの食いもんの方がいいだろ」
みんなと同じものがよかったのに。
ふわふわと現れる心の欲。その度に、鞭を振るいかき消していく。
みんな善意でやってくれているの、わがままを言ってはいけないわ。
鏡がまた、曇ってしまうもの。
この小屋に住んで、もう一年。
私はずっと、お母様の最期の言葉を全うしていた。
今日もまた手鏡を取り、おそるおそる自分を覗く。
けれど、鏡には曇りが残ったままだった。
「お母様は清く綺麗にと言った。ずっと頑張ってきた。でも、一向に鏡は輝かない。私は、お母様の望んだ子に、なれないの……!?」
わずかに晴れていた鏡がどんどん曇っていく。ついに自分の姿さえ映らなくなり、鏡面には大粒の雨が降り注いだ。
「もう、こんなの、見たくない!!」
力任せに腕を振るうと、手鏡は壁にぶつかり、鏡面は砕け散った。
「姫! 大丈夫ですか!!」
買い物から帰った従者が飛んでくる。
「どうされたのです、何があったのですか」
膝をつき倒れ込む私に、傍で目を丸くして問いかける従者。
「もう嫌だ、苦しい、どんなに頑張っても、鏡は綺麗にならない。私は、できない、だめな……うぅ、嫌だぁ」
顔は涙でぐしょぐしょ、声には嗚咽が混じり、言葉も支離滅裂になっていく。
もはや一国の姫の姿ではなかった。
「大丈夫です、姫、見てください」
従者は割れた鏡の一片を手に取り、自分を映した。
「……曇ってる」
「そうです、僕も欲がありますから。まっさらに綺麗な人間なんていません」
従者は姫と目を合わせ、つぶやいた。
「よく頑張りましたね」
その目からまた涙が溢れ出る。わんわんと従者に縋りつく姿は、普通の女の子だった。




