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村正は今日も異世界で鉄を打つ  作者: 龍威ユウ
第三章:人妖入り混じりて
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第18話:エルフ

 その者の心は海のように広く、母のように慈愛に満ち溢れていて、天さえも眩む美しさを宿していた。都を治めている現皇――コノハノサクヤの耳に、ある噂が流れ込んでくる。

 彼女がその噂を知ったのは、ちょうど十日ほど前のこと。

 タワラノトウカが統治している町にて、まれびと現れる。彼の者、その腕前たるやあの酒吞童子をも斬れるほどの名刀を打つ――と。このような喧伝が都にもたらされてから、その知名度は破竹の勢いで広まっていった。

 今日、タワラノトウカとその鍛冶師がやってくるのだという。これにサクヤは今か、今かと両者が訪れるのを心待ちにしていた。

 主従関係にあるこの二人であるが、心より互いを打ち明けられる数少ない友人でもある。深き絆で結ばれているからこそ、サクヤは久しぶりにトウカに逢えるのが嬉しくて仕方がないのだ。

 やがて、一人の伝令が玉座の間へとやってくる。

 その場で(ひざまず)くと、淡々と言伝をサクヤへと献上した。


「たった今、タワラノトウカ様。並びに件の鍛冶師が都に入ったという情報がきました」

「そうですか……わかりました。ではそのままこちらまで通すようにお伝えください」

「はっ!」


 入れ替わるように別の伝令がサクヤの前で跪く。


「サクヤ様! こちらがお求めになられていた本日の茶菓子にございます!」

「まぁまぁ! 素晴らしいチョイスです」

「はっ! まんぷく屋の饅頭は都一の絶品にございます」

「ありがとうございます――これで準備は整いましたね」


 サクヤは優しい笑みを小さく浮かべて来訪者を待った。


「……近衛長」

「はっ」


 傍らに控えていた近衛長にサクヤは声を掛けた。来訪者がもうすぐ来ると言っても、今すぐではない。まだ少しは時間がある、それまでの退屈しのぎが彼女は欲しかった。


「例の鍛冶師についてですが……」

「えぇ、センジムラマサというまれびとのことですね」

「あなたが最初にそのムラマサさんの話をしてくれましたね」

「はい。先日恥ずかしながら敵との戦闘で得物を損傷させてしまいまして……そこで修理してもらうべくタワラノトウカ様が統治されている町へと向かった時に」

「あなたの目から見て、センジムラマサという人はどうでしたか?」

「……率直に申し上げさせていただきます。私は……彼が恐ろしいと感じました」

「恐ろしい?」


 意外であったのだろう、近衛長の返答にサクヤは小首をひねった。

 何が恐ろしいのかがサクヤにはわからない。

 彼女が予想していた中では、凄い、素晴らしい、などなど。センジムラマサの鍛冶師として称賛するものばかりであると考えていた。

 そう考えていただけに、まったく見当違いな返答を近衛長が口にした。

 なるほど、と片付けられる安い返答ではない。

 何がそんなに恐ろしいのか。期待に満ちた目でサクヤは尋ねた。


「あなたほどの方が、いったい何に恐れをなしたのでですか?」

「……全体の気です」

「気?」

「私が今持っているこの刀は、その鍛冶師が引き受けてくれました。恥ずかしながら、色々と噂が尾ひれがついた程度だろうとしか思っていなかったのです。ですが、彼が一度鍛冶を始めた途端、私の中にあった価値観は跡形もなく崩壊してしまいました」

「…………」

「我々エルフではない、人間としての姿をしているのに中身はまったくの別物。何故あんな顔で鉄を打てるのか、どうしてこんな大業物に匹敵するほどの(もの)が作れるのか……私はただただ、あの男が恐ろしくて仕方がありません」


 己の刀に目線を落とす近衛長のこの一言は、サクヤの眉間にシワを寄せさせた。

 この国――ヤマトノクニは三つの区域に分断されている。

 かつては一つであったが、神話の時代に起きた大戦によって人外に悪影響を及ぼす瘴気が発生したのである。

 これを機に人類は下、中、上の三つに分かれて暮らすことを余儀なくされた。

 その中でも瘴気が濃く発生しているのが、今サクヤがいる都を含めた中つ国――太安京(たいあんきょう)である。

 過酷な環境と、瘴気により突然変異した亜種などが跋扈(ばっこ)するここは、言うなれば魑魅魍魎(ちみもうりょう)の世界。

 エルフも元々は人間である。それが長らく瘴気の中に身を置いたことで変異した新人類である。不老長寿で特別な力を宿したからこそこの国を守る責務がある――自らを衛府人(えふびと)として呼び――そこからこの呼び方はあんまり可愛くないんじゃないか、とそのような声が上がったかはどうかはさておき。エルフとして戒名された。

 新たなる種族の到来は、サクヤに関心と強い不安をもたらした。

 今から招き入れることは、ひょっとしたら過ちであったかもしれない。そんな考えが芽生え始めた、と同時に――一人で伝令がサクヤの前に現れる。


「サクヤ様、お二人をお連れしました」

「…………」

「サクヤ様?」

「あ、いえ。なんでもありません。通してください」


 とうとう件の鍛冶師が来てしまった。

 もう今更後には引けないサクヤは、ごくりと生唾を飲み込んで気を引き締めた。

 ゆっくりと開かれる扉。

 まず最初にサクヤがもっとも安心できる顔が入ってきた。目線が交わるなり小さく、周りには見えないように手を振ってくる。たったこれだけでサクヤの心中にあった不安は消え失せた。

 その後ろから、件の鍛冶師もやってきた。


「…………」


 烈火を彷彿とさせる鮮やかな赤髪の若者と目が合う。

 サクヤは言葉を失った。その若者に見惚れてしまっていたのだ。先程まで胸中にて渦巻いていた不安や後悔も、ここできれいさっぱりに消失する。

 黒い着物がよく似合う若者はトウカと共にその場で跪いた。


「よ、よく来てくれましたお二人とも――それで、あなたが例の鍛冶師、ですね?」

「はっ。お初お目に掛かります、俺……あぁ、いや。私の名前は千子村正と申します。以後お見知りおきを」


 赤き若者がそう名乗り、サクヤは未だかつてないトキメキを憶えていた。

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