第二話:チュートリアル
引き続き序盤の説明回です。次話以降はようやく旅が始まります。お付き合いください。来週は一話のみ更新予定です。
「…夜分遅くにすまない。まあ、ここは君の意識世界…要は夢の中だし、君の体の方は休まるはず…」
目の前には言霊が居た。
明日の朝には無理にでも出発するために、体を休めたかったのだが。
これでは気分が休まらないではないか。
「昨日ぶりだね。旅の1日目はどうだった」
「まあ、ぼちぼちよ。良い人が拾ってくれて助かったわ。それで、何の用なの?思っていたより随分と早い再開なのだけど」
私は不信感に満ちた眼差しで言霊を睨みつけた。
すると言霊は肩を竦めつつ、同じく私をジッと見て言った。
「つれないな…。折角、あの世界で君が旅をするのに役立ちそうな能力について教えてあげようと思ったのに。あまり敵意を剥き出しにされると教えたくなくなる…」
「……悪かったわね…」
突然初めて転送された世界で手助けがないのはかなり厳しいと感じていた。せめて本でありがちなケースのように、特殊な能力でもあれば良いと思っていたのだ。それを聞き逃してはまずいと思い、私はすかさず、しぶしぶ平謝りした。
「…それで良いさ。まあ…この能力がないと、本当の意味で君の旅は始まらないからね…」
「どういう意味?」
「今から僕は君の“能力”を解放する…。その能力を使って…あの世界を生き抜いていくこと。それがこの旅の概要の一端…」
「それが旅の概要なのか…」
「概要と言ってもあくまで一端でしかない…。でも、そう捉えてもらって問題ない…。あと…今の僕では君が寝ている間しか干渉出来ない…。早めに終わらせたいので先に進む…」
「概要の他の部分も教えてほしいけれど…多分今は教えてくれなそうね。いいわ、進めて」
私がそう言うと言霊は小さく頷き、話を続けた。
しかし…初めにあったときの言霊と今の言霊。何かが違う気がする。謎の違和感を覚える。まあ、今は関係ないので気にしないでおこう。
「まず大前提となる話から始める。あの世界は、文化など以外で前に君がいた世界とは違う部分がある。あの世界では“言葉”が大きな力を持っている。あの世界の住人一人一人には、それぞれ自分が最も影響を与えられる言葉…マイワードというものが存在する…。例えば、“ありがとう”というマイワードを持つ人間が相手に“ありがとう”と言うと、普通の人が言うよりも相手の心に大きな影響が出る」
「なるほど…マイワードねぇ…。それってどんな仕組みなの…?」
「仕組み…というものではないかもしれないが…。マイワードには自分の気持ちを大きく乗せることができる。“ありがとう”という言葉の裏の気持ちが“感謝”なら、相手にその気持ちがそのままダイレクトに伝わる。でも、“皮肉”を混ぜて言った“ありがとう”なら、その“皮肉”の気持ちがそのまま相手に伝わる」
「それは面白いわね…言葉によって気持ちまで決められているわけではないのね。気持ちの強さによって相手の心への影響の大きさも変わるのかしら?」
「察しが良い…その通り。だからあの世界では、良くも悪くも言葉が大きな影響を持っている。ここまでは良いかい?」
大丈夫だ、と私が相槌を打つと、言霊は少し微笑んだ気がした。
前回会ったときと同様、顔にはモヤのようなものが掛かっていて表情はよく見えないが、なんとなく雰囲気でわかった気がしたのだ。
「ここからが本題。君の使える能力について。君は今、マイワードを持っていない。君はそもそも別世界の住人なのだから。君にはマイワードとは別の能力がある。それについて説明する」
「ようやく本題ね。拒否権のない旅を無理やりさせるのだから、せめて使える能力が欲しいものね」
「心配せずとも、使える能力であることは間違いない。君の能力は…“ワードコレクター”だ」
ワードコレクター…。言葉を集める能力…?
「能力ワードコレクターでは、関わった相手のマイワードを自分のものにすることができる…。奪う、という形ではない。複製する、というような形で自分も使えるようになる…。使えるようになったマイワードは…コレクトワードと呼ぶ…」
「つまり、本来は私が持っていないはずのマイワードを、他の人から複製してコレクトワードとして自分も使えるようになる…ということ?」
「その通り。それから、君にはサポートアイテムを授ける。目覚めたときに枕元に手帳をおいておく。君があの世界の住人と関わると、その人のマイワードが自動で手帳に記録される。その記録されたマイワードは、どんな状況であろうとコレクトワードとして自由に使うことができるようになる…」
「なるほど。手帳が手元になくても能力は使えるのよね?」
「もちろん。しかし、できるだけ手元で管理して欲しい。手帳のページが埋まると、ボーナスとして記録用のサポートアイテムがパワーアップする…。次第に管理は簡単になっていくはず…」
至れり尽くせりだ。今わかっている情報から考えると、ワードコレクターの能力を使いながらあの世界で生活し生き抜くことが、この旅のだいたいの内容なのだろう。
「さて、これでチュートリアルは終わりだ…。能力の使い道は…自由にしてもらって構わない。どのように旅をするかも全て君の自由だ…。そうだ、世界の住人はマイワードなどの能力については何も知らないから、口外は避けた方がいい…」
「わかったわ。あなたの謎も、日本に帰る手段も、全て自分で見つけてみせる」
「……そうか。せいぜい頑張ることだ。手帳と一緒に基本的な日用品や旅のグッズは給付する…。主には指示されていないが…せめてもの餞別…」
「え?あなたが旅の主催者ではないの?」
「僕には主が居る……主こそがあなたの旅の主催者。初めて君に会ったとき、一瞬だが主は僕のこの体を使って君とも話した。主と僕は、別であって同じ。この体は主のもの。僕は主であるし、主は僕…」
言霊の最後の言葉はよくわからない。しかし、言霊の主とやらが私に旅をさせていることはわかった。また、転送前の一瞬、私と主が話したということもわかった。
餞別の日用品は素直にありがたい。何せ、今の私は無一文で服を着ているだけだったのだ。きっと能力だけでは路頭に迷うだけだっただろう。
「色々とありがとう。あなたも色々大変ね」
「そうでもない…。状況に応じて君のサポートをするのが僕の仕事…」
ということらしい。最初に会ったときに言っていた通り、言霊は私の敵ではなさそうだ。
「もう時間…。残りの睡眠時間は…ゆっくりと休むと良い…」
「そうさせて貰うわ」
そうして、2回目の言霊との対峙は終わったのだった。
私は残りの夜を、ベッドの上でぐっすりと眠って過ごした。
眠っている間に突如、枕元に手帳が出現していることには、気付く由もなかった。
読んでいただきありがとうございます。『私の仮面泥棒』というショートを投稿しましたので、そちらもよろしくお願いします。