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初秋風  作者: 紫 李鳥
3/5

 


 美輪子は窓辺から海を眺めながらテレビのニュースを聴いていた。


 ……この島には遠い東京の事件など届かないのかしら……。




 佑輔の家庭は複雑だった。母親は若い男を作り、家を出ていった。漁師だった父親も跡を追うように出稼ぎに行ったっきり帰ってこなかった。毎月の仕送りはあるものの現住所を示すものは無かった。残された祖父の伸治郎(しんじろう)が佑輔の面倒を見ていた。


「じいちゃん、したら、行ってくるけん」


 バイトをしていることになっている佑輔はバイクを引きながら家を出た。


「気ぃつけんばたい。バイクば飛ばさんごとな」


 昔ながらの船乗りの伸治郎は、網を修繕しながら小皺を刻んだ褐色の顔を向けた。


「分っとる」




 佑輔は、とあるアパートの一室のブザーを押すと、ドアを開けた厚化粧の中年女に腕を引っ張られた。――紙幣を手にした佑輔はその足で神社に向かった。



 ジーパンにTシャツで美輪子が神社に行くと、佑輔が煙草を吹かしていた。


「煙草、やめるんじゃなかったの?」


 美輪子が(とが)めた。


「明日からって言ったやかね」


 悪怯(わるび)れる様子もなく、佑輔が(うそぶ)いた。


「もう……」


 美輪子は半分諦めた。


「似合うやかね。おいたちと同級生んごとあるばい」


 美輪子の格好のことを言った。


「せめて、先輩ぐらいにしてよ。そのほうがまだ真実味があるわ」

 

「先輩、海岸ば周ろうで」


「えっ?」


「よかけん、早よう」


 美輪子の手を握った。



 ――浜辺の人家まで行くと、バイクが三台あった。


「チワァ」


 展望台に続く坂道で声をかけてきた、あの長身の少年が軒先から出てきた。


「どうも」


 小太りの方も一緒だった。美輪子が驚いていると、


「このあいだんとは、おいが仕掛けた芝居やったと。ごめん」


 佑輔が頭を下げた。


「……もう。グルだったのね」


 美輪子が呆れた顔をした。


「どうもすいませんでした」


 長身と小太りも謝った。


「……佑輔さんには助けてもらったから許してあげる」


「えっ、なんば助けたとや」


 長身の方が興味を示した。


「なんでんなか。転びそうになったけんで、体ば支えてやっただけたい」


 佑輔が面倒臭そうに話を作った。


「ついでに触ったとやなかとね」


 小太りが茶々を入れた。


「せからしかね。そげんことする訳なかたい。このかたに失礼やろ」


「あ、どうもすいません。私情が入って。しじょうのライセンスなんちゃって」


 小太りが頭を掻いた。


「いやらしかな、自分」


 長身が小太りに肘鉄を食らわした。


「そげん言わんちゃ。ほんのジョークたい」


 小太りが口を尖らした。


「あ、紹介するけん。ヒロシにミノル」


 佑輔の紹介に、長身のヒロシと小太りのミノルが頭を下げた。


「よろしく」


 美輪子も笑顔でお辞儀をした。


「したら、行こうで」


 佑輔はヘルメットを美輪子に被せてやった。


「前が見えない」


「あ、後ろ前ばい」


「わざとやったでしょ?」


「わざとじゃなか。顔が小さいけん、一回転したとやろ」


「ホントに?」


「嘘じゃなかって」


「よっ!ご両人、お熱いことで!」


 ヒロシとミノルが茶化した。


「なんが暑かや?飛ばしたら涼しくなるたい」


 佑輔は美輪子を後ろに乗せると、エンジンをふかした。


「ゴー!」


 佑輔が先頭を切るとヒロシとミノルが続いた。美輪子は佑輔に腕を回してしがみついた。



 美輪子には景色を堪能する余裕などなかった。その時、声が聞こえた。佑輔の声だった。


「何っ?」


“――あんたが好きだ!”


 美輪子にはそう聞こえた。


 ありがとう。こんなおばさんを好きになってくれて。……でも、私は人を殺したかもしれないのよ。……そうじゃなきゃいいけど。美輪子はそんなことを思いながら、佑輔に強くしがみついた。



 ――佑輔のバイクが徐行を始めた。降ろされたのは、松の木が群生した、白砂青松(はくしゃせいしょう)の絶景の海岸だった。


「わぁ~、ステキなとこ……」


 美輪子はミュールのままで渚に駆け出した。


「佑輔、あん人んことば悪う言うて、ごめん。初めてあん人に()うた日さ。おい達ん前ば通り過ぎて、砂丘に腰ば下ろして、なんか物思いに耽っとったあん人ば興味津々に見とったわいに、あがんオバサンのどこがよかと、って言うたやろ?おいの見間違いばい。わいが好きになるだけんことはある。……かわいか人や」


 そう言って、ヒロシが謝った。


「そげんたい。おいも同感ばい」


 ミノルも加勢した。


「……おいはただ、あん人が好きなだけたい。なんか知らんばってんが、一緒におると心が安らぐとさ」


 佑輔は煙草を吹かしながら、波打ち際で(たわむ)れる美輪子を見ていた。

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